2011年12月26日

玄鷹風雲


「参ったな。迷っちゃったよ」
 玄鷹さまの呟きが闇の中に広がってまいります。
 周りには物音なく人の姿も無く、当然答えるものもございません。
 普通のお子でしたら、ここで泣くなりするのでしょうが、玄鷹様の顔には怯みといったものは見受けられません。それも当然かもしれません。都において呪儀を取り扱う北家に生まれ、十にならぬ身で若長と呼ばれ、また『北魔』なる二つ名を持っておいでなのですから。
 そうは言っても冷たく湿り気を孕んだ風が吹いてまいります。玄鷹様は休む場所を探し始めました。いつもなら方違いの術を用いて、道を探すところでございますが、ここでは玄鷹様は使わずにおきましたのは無駄ということがお分かり故でしょう。
 そうここは樹海と呼ばれる呪われた地なのでございます。
 呪われた地と申しますのは、凶暴な獣があり、人の行く手を阻むと言われますが、その呪いの正体は心を狂わす何かなのです。術は身口意によりになります。意は心の力に他なりません。その危険を少しでも避けようというのでしょう。
 玄鷹さまは樹の一本の根元に座られました。寒さのため小さく鼻をすすった時でございます。人の声が樹海の奥より聞こえて参りました。
 それは悲鳴のようでございました。逸る私でございますが、玄鷹さまのお許しがなければ一歩も歩けない身。玄鷹さまの方は思案の中でございます。
「どうしよっかな〜」
 私が玄鷹さまの身を揺すると、仕方ないと思われたのか立ち上がられました。
「分かったよ」
 一度動き出せば雷のように早く、玄鷹さまは声の聞こえた場に来られておいででした。
鬱蒼と茂った木々が途切れ、草原が広がっております。下生えの草の中、一人の童女が声を上げながら逃げようとしておりました。
 年端十あまりで、玄鷹さまよりやや年嵩のようでございます。それに圧し掛かるように大きな獣が降りました。
 青い牛のようなもので、確か人食いの妖獣でした。
「犀渠」
 玄鷹さまの口から名が漏れます。
 犀渠の体がびくりと動きました。それも当然の事。名を明かされるのはあやかしだけでなく全てのものが嫌います。名は体を現す。その言葉は真実なのです。
 玄鷹さまに向かい犀渠は鋭い目で睨みつけます。玄鷹さまの力量を測っているようです。犀渠にとっては当然の事でしょう。名を明かされたもののできることは二つだけでございます。素直に従うか、より呪で縛られる前に殺すかです。
 犀渠は玄鷹さまに飛び込んできました。
「雫針」
 私だけが聞こえるような小さな声で玄鷹さまが呟かれました。
 玄鷹さまは避けもしなかったものの攻めは外れ、犀渠は樹の一本に飛び込んでいきました。
 眠りを乱され飛ぶ上がる鳥たちを見ながら玄鷹さまは呑気に「あ〜あ」と呟いております。
 犀渠はそのまま黒い塵のようになると消えていきました。
 玄鷹さまの唱えた言葉。それは導術といわれる術を成すものでございました。水の雫が鋭利な針と化し、玄鷹さまの命に従って敵を攻めるのです。恐らく犀渠は目をやられたのございましょう。こうした些か外道よりに術を扱う事から、玄鷹さまは『北魔』と呼ばれるのでございます。
「ねえ、君歩ける?」
 童女は震えながら立ち上がろうとしましたがよろけます。素早く玄鷹さまは手を貸します。
「あのさ、こんな夜に出歩くのはどうかと思うよ。だってさ、僕だってあやかしかもしれないよ」
 確かにこのような夜中。都人の好むような漆黒の装束を纏い、見目麗しい玄鷹さまの姿を見れば、狐狸の類が化けてきたとも思えましょう。
 童女は頭を下げました。
「ありがとう」
 そう素直に言われると玄鷹さまは困ってしまう性質なのです。ひねくれている、いいえ、長である玄哉さまの下、幼い時より大人に立ち混じって働いていたため、気持ちが素直ではないのです。
「どういたしまして」
「あなたもお母さんを探しているの?」
 童女の言葉に玄鷹さまは目を細められました。
「ちょっと興味あるね」


 村はずれの神社。住む人も祈る人もないせいか、荒れている。
 祭る宮司もいないせいで普通の神社からすれば汚いが、それでも近在のものが集まって世話をしているので、そこは格好の子供の遊び場所となっていた。
 今日も数人の子供たちの姿があった。豊かそうな格好をしたものも、貧しいなりをしたものもいるが、子供たちは概ね笑顔だった。
「そろそろ飯の支度するぞ戻ってこう」
「太助、いつまでぼんやりしてんだい」
 大人たちの声だ。
 夕焼け空には烏が鳴き始め、子供の時間は終わる。
「じゃあね」
「また明日」
「うん、また」
 最後に残った影。それは妙だった。
 妙は夕焼けに向かって消えていくように見える子供たちの姿を見ていた。
 涙が零れてきた。必死に上を向き、目を閉じる。それでも耐え切れなかった涙が妙の頬を伝わった。
 妙には家族はいなかった。
 その涙に濡れた瞼が暖かな手でふさがれる。
「誰だ?」
「雉ねえちゃん?」
「あたり」
 雉は妙の村の長者の姪で、最近この村に来たそうで仲のいい人がいないようで、よく子供たちを構ってくれる。
「どうしたの?」
「あ、なんでもないの」
「お姉ちゃんに話して」
 妙は少しだけためらった。効いて欲しいと思う反面、笑われると思ったのだ。
「どうして私にはお母さんがいないのかなって思って」
 悩んだ末に出した声が大きかった。
「お母さんはいるよ」
 雉の言葉に妙は目を輝かす。
「どこに?」
「どこっていえないけど、木の又や、石の中から生まれるわけじゃないから」
「そうだね」
 雉のいう当たり前の言葉に妙は笑った。
「そう妙ちゃんは笑っていたほうがいいよ」
 雉は言った。
「私もお母さんがいないから会いたいって悲しくなる時もある。でもね、しょうがないんだよ」
「しょうがない?」
「死んでしまったかもしれないし、元気でもすごく遠くにいるかもしれいし、きっと訳があるんだよ
 雉は妙にではなく自分に言い聞かせているようだった。
「じゃあ、帰ろうか」
 妙が大きく頷くと雉は手を差し出した。二人はしっかり手をつないて歩き始めた。


「あのさ、それがどこでお母さんを探しに来たって話に通じるか分からないんだけど」
 玄鷹さまはいかにも眠いといった顔で申されました。
 正直、妙殿の話の行方を気になっていた身からすれば、一言文句があるところでございますが、何も言えず玄鷹さまの言葉を待ちました。
「興味はあるけど、あまり長くは待てないよ」
「それでそれから何日かしておとうにお酒を買いにいくようにいわれたの。もう月夜で嫌だったんだけど」
 玄鷹さまは目で促しました。
「そしたら長者さんの家から雉さんが出てきたの。長者さんの坊ちゃんと一緒に」
「それで口止めされたんだ」
「どうして分かるの?」
「いや、普通に考えれば・・・」
 そう言って玄鷹さまは一瞬口篭もりました。恐らくこう言いたかったのでしょう。
『本当は姪なんていうのは嘘っぱちでさ、長者のコレで、馬鹿息子が誘惑されて駆け落ちでもしたんじゃない』
「あ、話続けて」
「うん。それでね、雉さんに何してるの聞いたらお母さんに会いに行くって言ってたの」
「おかしいと思わなかった?」
「思ったよ。だって二人はいとこだからお母さん違うでしょ。だから、どうして二人で行くのって聞いたの」
「そしたら『二人のお母さんがいるんだ』って答えたわけだ」
「すごい」
 普通なら当てこすられていると分かるところですが妙殿は本気のようなので玄鷹さまも何もいえないようでした。
「でもこんな時間に歩くのはどうかと思うよ」
「呼ばれたの」
「誰に?」
「雉ねえさんに」
「へえ。そう」
 玄鷹さまは妙殿の髪に手を伸ばしました。
「ゴミついてる」
「ありがと」
 玄鷹さまは木々の間の闇を見つめました。
「じゃあ、お母さん探しに行こうか 」


 玄鷹さまはいつもは見せないような奇妙な表情を浮かべておられます。わずかに高じておられるようです。それも当然の事かも知れません。
「声が聞こえた」
 不意に妙さまはそうおっしゃいますと走りはじめました。
 玄鷹さまは僅かに後ろに下がり妙さまが走るのを追います。
 十分ほど走ったでしょうか。霧が出てまいりました。ただ、その霧は身に張り付くようでございます。そして常のものとは違う粘りつくような心地でございます。
 すぐ前にいるはずの妙殿の姿は時折見えなくなるほどの濃さでございます。
 玄鷹さまは、手を伸ばして、妙さまを無理やりに止めました。
「待て」
「だって雉ねえさんが呼んでる」
「そう。ならいいや」
 玄鷹さまは手を離すと妙殿は走り始めました。
 気付くと随分と足元がぬかるんできました。そう、そこはもう沼地といっていいほどのところです。
 霧が晴れはじめます。それに反して妖しい気配が濃厚になってまいります。
 沼でございました。
「お母さん」
 妙殿がどなたかと抱擁されておいでです。妙殿とその女性は半ば水に沈んでおられます。しかし、星の明かりが、お二人を照らすのは美しい一枚の絵のようでございました。
「きたね」
 玄鷹さまは呟かれました。
 妙殿の母上と申す女がこちらを見ます。
 その目に会ったとき感じたのは思慕でございました。幼い日の母のぬくもり。それが背中を駆け抜けていきます。
 我が母はこの世にいるわけはありません。そしてそれが妙殿の母上と同人であるわけも。
 しかし、そのような思案を無視して体が前にいこうとするのを止める事はできませんでした。そう水の音がしました。玄鷹さまもゆっくりと沼に身を進ませたのです。



「さあ、おいでなさい」
 玄鷹さまは音を立てながら沼の中に入られておきます。
 その玄鷹さまの足並みが随分と遅く感じられるのはわたしの気が急いているせいでしょう。このような思いを感じるのは。
 妙殿に続き玄鷹さまもその手に懐かれます。
 それは安楽でありました。
 幼い日に知りながら解ることなかった安息。それが年を経た今だからこそ分かる完全な世界。
 妙殿は幸せそうな笑みを浮かべながら母上に抱きついておいでです。そうしているうちに妙殿はもたれるように眠ってしまいました。
 手を玄鷹さまは上げました。水が手に招かれるように沼から弾けるように飛びます。
 手は切り裂かれ水の中に落ちます。玄鷹さまは妙殿を小脇に抱えますと一気に沼地から抜けます。
 母であったものは自分の手が落ちながらもなお笑みを浮かべております。
「その姿だとやりにくいんだけど」
 玄鷹さまは印を結ばれました。その口から御句が唱えられます。
「水竜哮」
 玄鷹さまの前に大きな水の塊が生じ、竜に転じますと、一気に襲い掛かりました。しかし水は沼の水に止められ砕け消えます。
「はあ。同じ水か」
 玄鷹さまはため息をつかれました。
 玄鷹さまは北家。五行において北は水。北家の業は水を扱うものでございます。水同士ならば勝負がつかぬのは道理でございましょう。
「坊やいいかげんになさい」
 そう声を上げると水が玄鷹さまに襲い掛かります。しなる鞭のような水は玄鷹さまを襲います。
 玄鷹さまは水で大きく傷つけられる事はありませんが、それが続けば、まだ幼い玄鷹さまでは力が続かなくなるのは目に見えております。
 それは玄鷹さまの方こそがもっともよくわかっておいでです。その顔には少しづつ焦りが見えておいでです。
 ついに大きく玄鷹さまの肩は切り裂かれ、血が地面を濡らします。
 沼地の水は術に使われ、既にほとんど失せております。先ほどまで人の姿をなしていた母は水に隠れていた半身を見せております。その半身は人ではなく、大きな泥か岩のようなものになる人ではございませんでした。その側には二つの躯が見えます。
 玄鷹さまは崩れそうになり体を堪えながらを見ました。
「いける?」
 その目にわたしは答えました。
「問題なく」



 玄鷹さまは私を鞘から抜き放ちました。
 五行刀白虎。それが私の名でございます。
 久方ぶりに身が外に出ると気が流れ込んでくるのが解ります。
「白虎を以って西門を開く」
 玄鷹さまの気が本来の水から私の持つ金の気に変わってまいります。見るものが見れば玄鷹さまの持つ気の色が水をあらわす黒から金をあらわす白に変わるのを見る事ができるでしょう。
「虎刹跋扈」
 玄鷹さまの身体は白熱した塊と化していきます。
 一瞬後、岩のようだった女の根元は砕けております。もう水を操る力もないのか女は少しずつ小さくなっていきます。
 玄鷹さまは女の側に立ちました。
 まだ人の形をしたそれは穏やかな笑みを浮かべながら玄鷹さまを招きます。
 玄鷹さまは動かずにおいでです。そうしておられると玄鷹さまから気が流れだしていくのが見えます。先ほどの妙さまもそうだったのかもしれません。この妖は人の気を食べるのです。
「もういいよぬくもりは」
 玄鷹さまは私を用い女の胸を一突きにいたしました。血は流れません。
「ぼうや」
 女の姿は消え去り、残るのはただの手の平におさまるほどの石でございます。その石は玄鷹さまの手の中で蠢くようでございます。
「渾沌の琥珀か」
 玄鷹さまは石を握られますと封印をかけ、懐にいれます。
 渾沌の琥珀は、人の意思に応じて姿を変えるともうします。恐らく妙さまの探しておられた雉殿の母という言葉と意思に応じて姿は変えたのでしょう。
 玄鷹さまは妙殿を背負うと困ったように回りを見ました。
「こっちよ」
 背中の妙殿の声に玄鷹さまは頷かれました。
               ◆
 朝でございます。
 樹海から抜け、道が交わる辻に着きます。
 妙殿は笑いました。玄鷹さまは動きを止められます。
「やっぱり村はいいわ」
「どうして死霊になってこの娘を呼んだの」
「解っていたのね」
「北家は死を司る家でね。死には敏感なんだ」
「お母さんを知る人は、わたしのお母さんへの思いを集めてしまったあの妖から逃れる事はできない。母親を知らない妙ならもしかしてと思ったのだけれど」
「それはいい判断だったよ」
玄鷹さまは妙殿に憑いた雉殿を見ました。
「自分で離れるならいいし、離れないなら」
 妙は玄鷹を抱きしめた。玄鷹さまはそのまま動かなくなりました。
「いつかあなたもお母さんと会えるといいね」
 妙は玄鷹さまを突き飛ばされました。
 玄鷹さまはぼんやりと妙殿を見ておいでです。もう雉殿はどこかに逝かれたのでししょう。そこにいるのは妙殿でございました。
 玄鷹さまはきょとんとしたまま妙殿を見ておいででしたが、やがてこらえきれなくなって笑い始めました。
 ただ、その笑みが心なしか寂しげに思えたのは私だけでございましょうか。

posted by 作者 at 00:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。