2011年03月12日

ロザライン

 キャピュレット老が一族の墓所を訪ねたのは、夕刻に近い時間であった。そこは一粒種であるジュリエットが、一族のものと共に眠っている。
 老がジュリエットを思わぬ日は無かったがいつも亡き彼女を思うのはここではなく、ヴェローナの街の誉れと言われるジュリエットとロミオの像の前だ。
 ジュリエットが、仇敵であったモンタギュー家のロミオと恋に落ち、様々な誤解の末に、胸を刺して亡くなったのは数年前の事。
 一族同士の憎悪は、二人の死によって、取り除かれ、和解がなった。
その証として、モンタギュー家が作った貞節を示したジュリエットを記念して作られた黄金の像の前だ。そのジュリエットの横にはキャピレット卿が私財をなげうって作られたロミオの像が置かれている。二人の姿をにせたそれは、生前には得ることが出来なかった愛をはぐんでいる。
 像がある大通りは今日は、太公殿下に客人が来るとのことなので閉鎖され、老は一人で訪れていた。
 一族の墓所は日頃は警備され、人が居るのは葬儀の時くらいのものだ。今日は一族のもの太公の主催する宴に出ているはずで、来るものなどないはずだった。
 だが、人影が一つ、墓所の前にあった。
「ジュリエット」
 老は愛娘の名をつぶやいていた。
 夕焼けの中、手に身を染めて立つ黒い喪服の娘はジュリエットによく似ていた。
「おじさま」
 若い娘の言葉に老は、我に返った。
 そこにいるのは、誰あろう。
「我が麗しの姪殿であったか」
 そこにいるのは姪のロザラインだった。ジュリエットによく似ているのも納得できた。ジュリエットも我が子であるのを抜いても花のような娘だったが、ロザラインも負けず劣らず美しい花だ。
「ありがとうございます。おじさま」
 ロザラインはほほえみを浮かべた。墓所には不釣り合いな暖かな笑みだ。
「今日はジュリエットを思ってくれているのかね。いや、ここにはティバルトも眠っている。親ばかというものは娘がいなくなってからも続くものだね」
「おじさま、ジュリエットはとてもよい娘でした。花のような顔も、水のように澄んだ心も」
「ありがとう姪殿。ああ、このように亡き子の事なかり思うのは、一族の頭領としてはあるまじき事だ。姪殿はジュリエットよりも年長だったな。そろそろどこかに嫁ぐ話などないのかね。もし、あるのならいつなりともいってくれ」
「ありがとうございます。私はどうもそのような気持ちにはなれなくて、ジュリエットや、ティバルトの亡くなった三年前から年など止まってしまったように思えています」
「それはよろしくないな。良家の子女というものは」
 言いかけてから老は苦笑した。
「いや、好きになさい。全く我が子を追い詰めたというのに、こびりついた考えはなかなか変わらぬものだな」
「そのおじさまの寛容がヴェローナの街を、変えていると思います。街で顔を合わせばいがみ合っていた一族が今ではモンタギューのものとあっても笑顔で礼をし、友好のキスを交わします」
「それはなあ、ジュリエットと、あのロミオのおかげだ」
 老とロザラインの間に沈黙が広がった。まるで亡き人がそこにあって、二人を見つめているように思えた。
「ご主人様、奥方様からお使いが」
 静寂な空気を切り裂いて現れたは召使いだ。
「ああ、分かった。姪殿はどうするかね。もし、戻るのなら一緒の馬車で」
「いえ。もう少しここで亡き人を想おうと思います」
「そうか。そろそろ日が落ちる、気をつけるのだぞ」
 老はそういって墓所を離れた。
 残るのは、ロザライン一人だった。
「おお、ロミオ、ロミオ。どうしてあなたはロミオなの」
 ロザラインはつぶやいた。
 この墓所は一族が復活の日まで眠る地であると共に、自分の愛した男の臨終の地でもあった。
「ねえ、ロミオ。あなたは、考えた事があるかしら。激情に身を任せ、あなたの愛を受け入れれば、キャピュレット家のものは黙っていなかったでしょう。あなたの名誉が損なわれるのが目に見えていたから、避けていました」
 つぶやくロザラインの目を涙が流れていく。
「もしジュリエットに、言い寄られて困っているといっていたら、ティバルトにあなたは私の愛する人だと話していたら変わっていたのでしょうか」
 ただ風が吹いていく。太陽は落ち、夜が来る。
「ねえロミオ、ジュリエットあなたたちの物語は永遠に語られる。でも、その影にもう一つこの愛があったのを知るものはいないでしょう」
posted by 作者 at 20:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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