2011年10月25日

今も―出る―ぞ 油すましの初恋より

 いつもの通り、峠にきたものの前に、でっかい油瓶をひょいと吊るす。
 だいたいは声を上げて逃げるんだが、そのガキは違った。見てくれから飢えていて本当に餓鬼のようだったが。
「どうして油瓶さげてるの?」
 声だけは清水のように綺麗だ。
 ガキと目があった。そもそも俺らのようなものは意味が無い色即是空なもので、人の色に反応するような空々しいものだ。人に見られると初めてそこに在るようになるのだから黙っていればいいのだが、「そういうものなんだよ」
 答えたのがまずかったのか、ガキはそれから毎日のように来ては、いろいろな事を聞いてきた。
 ガキにしては、海の向こうはどうなってるかとか、勤王がどうのとか、色々聞いてきた。
 江戸に黒船が来て、どこもかしこも大騒ぎだった。まして天草は切支丹の話が続いているかのように、外様の地にあるのに、幕府の預りで、色々と難癖つけられるまな板の上の鯉のようなものだった。
 ある日はガキは来なかった。次の日も来なかった。
 ああ、ガキだから飽きたのだと思ったが、どうも落ち着かない。
 やっとガキがきた。文句の一つでも言おうかと思ったが、顔が腫れている。殴られたようだ。
「どうした」
 いつもならたんぽぽのタネのように軽い口が一向に開かない。しかし、わかっちまった。
 どこぞの芋侍が因縁付けて暴れては、村人がやられているらしい。
 翌日、ガキは蒸気船ならぬ上機嫌で来た。
「お前さんでしょ」
 芋侍の前に、切れた手足やら生首やら放って驚かしてやった事が伝わったのだろう。
「まあな」
 それからガキは毎日のようにくるようになった。
 ガキは、餓鬼のようだったのが、人になり、天女のようになり、それに連れ来ることも少なくなり、ある日を境に全く来なくなった。
 天女だったから、六道の上がりになって、お陀仏になっちまったのかもしれねえな。
 俺は峠にとどまって、元の行いに戻る事にしたが、前のように通りかかったものを脅かすのができなくなっていた。
 ああ、俺はもう空ではないのだ。すっかり人の色に染まってしまった。
 峠の岩に座り、俺はぼんやりと時を過ごすことになった。いつの頃か、また俺は俺ですらなくなり、峠に溶け込んでいた。
 懐かしい気がする。餓鬼のようなガキがかけてくる。ああ、きって考え続けてしまったせいで、とんだものを見ていやがる。
 人なんて直ぐに消えちまうんだから。ましてガキであるわけはない。
「おばあちゃん早く」
 婆が歩いてくる。
「昔この所に油ずましが出ていたんだよ」
 どうも天女から餓鬼に戻ってしまったようだが、清水のような声は変わらない。
「今も―出る―ぞ」
 婆は餓鬼にも天女にも仏にも見える顔で笑った。
 



 打田マサシさんのイベントに、妖怪たちのいるところ4で、妖怪大喜利というコーナーがありまして、そこで『油すましの初恋』というお題がありました。非常に面白かったのですが、その時、こう言葉でもやっとしたものがありまして、ちょっと今夜は時間があったので話にしてみました。
 



 元ネタは所謂

熊本の天草郡栖本村字河内(現・天草市)と下浦村(現・同)とを結ぶ草隅越という峠道を、老婆が孫を連れて通りながら「ここにゃ昔、油瓶さげたん出よらいたちゅぞ」と孫に話していると、「今もー出るーぞー」と言いながら油ずましが現れたという。



「うそ峠」という場所を通りかかった2人連れが「昔ここに、血のついた人間の手が落ちてきたそうだ」と話すと「今もー」と声がして、その通りの手が坂から転がり落ち、2人が逃げ切った後に「ここでは生首が落ちてきたそうだ」と話すと、また「今ああ……も」と声がして生首が転がり落ちてきたという。

 
posted by 作者 at 23:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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