2011年11月06日

浄眼児

 身分を隠し、領土を視察していた昴国の太守の某が、道中一人の青年に出会ったのは、寒波が大陸を襲った年の事であった。
 幸い寒波は昴国まで至る事はないようだが、田畑はいつもより多く霜がかかっている。収穫には響かぬようで太守は安堵の息を吐いていた
 そんな中、民に混じり、昴国には珍しい天津風の衣装を着ている青年がおり、思わず声をかけた。
 青年は名を北家辰己といい、花洛の私塾で学んでいたが、寒波で先生が具合を悪くし、塾を畳むことしたので、旅をしているのだという。
 花洛は千里あまり離れた遠地であり、太守の甥も住んでいた事もあり、興味を持って話しかけた。
 青年が何を学んだかと問うと経世の学であるという。昴国で出世を願えば、経世などではなく、儀礼や法令、文章といったものであるから、太守は不思議に思い尋ねた。
「どうしてそのようなものを学ばれるか。栄達されたいのなら、そのようなものを学ばれても、試験にはうからぬし、故郷に錦を飾るのも難しかろう」
 青年は少し考え込むと、
「そういう事は考えた事はありませんでした。ただ、どうせ学ぶなら、人の為になることがいいと思ったのです」
 太守は青年に道行く草原を見ながら尋ねた。
「この草原を拓こうと思うのだがどうだろう」
「この地は草があって、それが根を張ることで土を固めています。耕すのは向かないかと」
「では鉄をとるのはどうだろう」
「この地では、鉄のたぐいは無理かと思います。もし、何か殖産をされたいのでしたら、牧畜がよいかと」
 そのような会話がいくつもあり、青年の博覧な事を知った太守は大いに気に入り、仕官する気はないか誘ったが、あまり乗り気ではないないらしく、首を縦には振らなかった。
「では、しばらく我が家に滞在するのはどうだろうか」
「それなら」
 青年は食客として、太守の屋敷に住む事になった。
「姓名を聞いていいだろうか」
「北家辰己ともうします」

 辰己は与えられた一室に居ることが少なく、庭の一角を借り、鉢植えにした草花を育てていた。様々な種類で、ほとんど見慣れぬものだった。
 地面に這いつくばるように咲く花、赤子のような身をつける木、見ていると懐かしい人を思い出す草。
 辰己は鉢植えが育つと、どこかに持って行き同じ草花があることはなかった。
 しかし、太守や、同じような食客が尋ねると歓談し、その際には珍しい茶を振る舞うなど吝嗇ではなかったので、誰にでも懐かれた。
 そんな辰己の居室には、書物と寝具だけが置かれ、無用のものは何も無かった。
 季節は冬が終わり春にかかろうとしていた。
 取っ替え引っ替えだった草木は、いつの間にか幾つかのものになっていた。
 彼は頻繁に出かけるようになり、屋敷には週に一日二日いる程度になってしまった。
 ある日、太守のもとに、甥が訪れ、宴席が開かれた。
 甥は、辰己を見ると、驚きを隠さなかった。
「浄眼児」
 太守は驚きの理由を尋ねようとしたが、様々な客に、甥を紹介するのに忙しく、宴席で尋ねる事は出来なかった。
 夜になり、太守は甥と二人になったので、驚いた理由を尋ねた。
「花洛で何度か見たのです」
「彼は半年あまり食客としてここにいる」
「本当ですか」
「ただ、その話は興味がある」
 甥は話し始めた。

 花洛の寒波は叔父上もご存知と思います。あれはひとつの祟りによるものだと、街に住むものは申しております。
 花洛は街ができた時から、一柱の神がいるといいます。それは石神で、一見、ただの石に見えるといいます。
 ただ、その石神は毎年、街の中で場所を変えるのです。誰かが運ぶのではありません。季節が移り変わるように、石神は、様々な石を渡り歩くのです。
 花洛は、名の如く、花の多い街ですが、その花は石神に対する捧げ物だといいます。花がある限り、神は満足していると。
 寒波の訪れた日、石神のある屋敷で女が殺されました。血で汚された事に起こった石神が寒波を起こしたというのです。加えて寒波によって花は枯れ、ますます広がりました。
 その時、花洛で鉢植えの花を配る男がおりました。天津風の衣装に、青とも緑ともつかない不可思議な瞳。それが彼なのです。その花で石神が怒りを沈めたように寒波は終わり、私は花洛を出て、昴に戻ってきたのです。

 太守にとり甥の話は合点がいくところと、いかぬ所があった。
 鉢植えの減る理由と、最近まで花洛にいたということだ。花洛から昴国まで千里あまり。どう馬を飛ばしても、一月近くはかかるはずだ。辰己はよく外出していたが、そんなに長く姿が見えないことは無かった。
 太守は夜が明けるのを待ちかねて、辰己の室を訪れた。
 部屋は寝具が綺麗に畳まれている。庭にいっても、あれだけたくさんあった鉢植えは一つもなく、ただ寒風だけが吹いていた。
 
posted by 作者 at 12:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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