2012年11月13日

則天去私

即効小説トレーニング http://webken.info/live_writing/try.php さんで書いたものに+したもの。
最初のバージョンはこっち  重さは1,425グラム http://webken.info/live_writing/novel.php?id=8855 
書いたのを
なおしたもの。

 先生が亡くなった。翌日には帝国大学医学部解剖室で腑分けされたと聞いて、ぞっとしたがそれだけではなかった。その脳と胃が取り出されて、ホルマリン漬けになって置かれているという話も何でも薄暗いじめじめした所のように思えて気持ち悪い。
 その後、先生の脳の重さを聞いて嘆息した。1,425グラムであったという。普通の人間よりも重いそうだ。あの素晴らしい世界を作り出したのだ。やはり脳の大きさというのはその発想に関わるのだろうか? 
 そう考えると、海豚や鯨、象といった巨大な生き物の脳もまた、先生が残されたような素晴らしい物語を紡ぎ出せるのだろうか。そう考えると我が輩の小さな脳では、何もなしえないと思われる。
 不謹慎だとも思えたが、そう気にし始めると、どうしてもそちらに考えがいってしまうのが、思考というものの不思議だ。 しかし、そうでも考えてなければやってなれなかったのだ。もう先生の大きな手で頭を撫でられる事も、こっそりと舶来のジャムを供に楽しむ事も無い事に。
 
 初七日も過ぎ、先生の気配ももう薄れた気がして、我が輩は縁側でぐったりと横になっていた。天気のよい昼は椽側で寝るのこそ最高であったのに、日溜まりも力を与えてはくれないようだ。
 そんな我が輩の耳に届いたのは悲報だった。帝国大学で標本になっていた脳が持ち出されたという。 その消息は不明であると。
 我が輩は家を飛び出した。先生の脳を探さなくてはいけない。その一念であったのは、もう荼毘にふされ、この世に残る先生の名残のように思えたからだ。
 帝都は広い。まして、証拠らしいものもない。だが、とりつかれたように我が輩は帝都をしらみつぶしにあたった。白い手も黒く汚し、手段を選ばなかった。そんな中でいくつかの話が浮かんできた。
 先生の脳を持ち出したのは植民地風の格好をした異国の女であった。その女の足取りを追う内に、脳は硝子瓶から、金属の筒に移されたようだった。

 女を見つけ出したの奇しくも四十九日目であった。
 池袋には不似合いな洋風な屋敷の中に女はいた。床には何らかの数式を思わせる図形が描かれており、その中央には先生の脳の入った奇妙な紋様の描かれた金属の筒が置かれていた。女は何やら、お経とも和讃ともつかぬ何かを呟いていた。
 金属の筒は、脳の重さを加味すると自分にはもてない重さだろう。しかし、何とかしなくてはならない。
 屋敷の中は奇妙な空気に包まれる。
 この寒さは何なのだ。 如月とはいえ、異様な寒さだった。それは上から感じられた。実際の上ではない上方。上を見ると、星が月が潰されそうな天の重圧。
 
 世界は暗転した。
 気づくと、その上今いままでの所とは違って無暗むやみに明るい。その明るいのが氷によって反射する光のせいであった。毛皮をまとっていても意味がないような寒さ。なんという氷寒地獄。 先程の寒さなど全く問題ではない。必死に動こうとするが体は忽ちのうちに冷えて、氷に縫い付けられたように動けなく。
 何やら奇妙なものが近づいてくる。銀ピかの表面。大きな枡のような身体。手足と思われる機械仕掛けらしいものが見える。機械仕掛けの化け物だ。その化け物に抱き上げられた。もう逃げるだけの体力は無い。借りてきた猫のようだ。
 機械の手が首回りを撫でる。それは懐かしい撫で方。先生の撫で方。
 我が輩は目を開いて化け物を見つめた。化け物の胴には先生の脳の入っていた円筒が綺麗に納まっている。
「お前はどうしてここにきたのだい」
 声こそ違うが懐かしい先生のしゃべり方。
「先生ですか?」
 思わずいうと機械はうなずく。
「するとここはあの世ですか。それなら我が輩の言葉が通じるのも分かる気がします」
「確かにあの世かもしれん。冥界かな。ここはPLUTO。冥王星という太陽系のもっとも端にある星だ」
「冥界っていうには奇妙ですね。全く、閻魔さまも何も人っ子一人いやしない」
 先生の身体に触れているうちに身体に熱が戻ってくる。
「先生、娑婆に戻りましょう。こんな寒いところもう沢山だ」
「一竿風月 閑生計 人釣 白蘋紅蓼間」

 我が輩は気づけば屋敷に一匹残されていた。
 先生がよくいっていた「則天去私」というのはそういう意味だったのかと得心しながら、窓の向こうの空を眺めて冥王星とやらを探したがとんと見当がつかなかった。
「あなたも追いたい?」
 女が立っていた。
 いや、こいつは本当に女なのか? そもそも人なのかも分からない
 ただ、先生がこの先もこの宇宙のどこかで病んだ身体を思わず、過ごしているのなら、この女に礼の一つもするべきかもしれないと思ったが、出てくるのはにゃーという猫なで声だけだった。
posted by 作者 at 18:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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