2012年11月26日

小夜啼鳥

前編 小夜啼鳥の夜
  雲が途切れ、月が街を照らし出す。
  人々は驚いて、声を上げた。
  現れたのは白銀の装いに身に包んだ戦士たちだった。
  戦士たちは剣を抜いた。満月の光を受けて、刃がより鋭い輝きを増す。
  叫びを上げながら戦士たちは人々に切りかかった。
  切りかかる仲間たちの中、ジャック・アーヴィングの前には子供が立っていた。それが初めて殺すべき相手。怯えた瞳。
  剣を振りおろすことはできなかった。
  大剣を持った男がジャックの脇を駆け抜ける。それは隊長のハーボルトであった。 剣が一閃した。子供の身体が大きく弾き飛ばされる。それは城でも崩そうという一撃で、子供なら生きているわけはなかった。
「馬鹿。早く止めを刺せ」
  子供は立ち上がった。その体の半ばもう撃ち砕かれているのに。
  子供だけではない。多くのものたちは既に死んでいるだけの傷を受けながら立ち上がった。
  月の光を照らす中、彼らには影はない。影は光があるからこそ生まれる。影を持たぬ彼らはもう人間ではないのだ。闇に呑まれ生きるものの芝居を続けているだけの存在。
「止めを」
  ハーボルトの声をかき消すように、風が強く吹いた。雲が月隠し、光が翳った。
  子供の咽喉から声が漏れる。声ではなく何かが無理やり咽喉を押して出てくる空気の音。
  口の中からみえたのは金色の髪をした男の頭だ。次いで顔が現れる。すっと伸びた悪魔のような鼻ときれいな目、顔は小さく、顎が出ている。
「魔術師」
  ジャックは震えた。
  大陸の民の仇敵。この大陸から昼を奪った男。不意に現れ、光を奪った男。名乗りも上げなかった彼を人はただ魔術師の名で呼んだ。
  子供の身体を服でも脱ぐように外すと、魔術師が立っていた。
  既に影なき人々は悪い夢であったかのように消えていた。
  残っているのは騎士団のものだけであった。
「魔術師」
  仲間たちの声だ。
  それには様々な響きがあった。怒り、憎しみ、悲しみ。だが、何よりも強いのは恐れだった。
  ジャックは震える足を堪えながら剣を構えた。
「騎士隊の諸君、ご機嫌はいかがかな」
「貴様が出てきたのならば話が早い」
  ハーボルトが大剣を構え、魔術師に向かい切りかかった。
「ここで貴様を倒し、太陽を取り戻す」
  大剣が唸りを上げ、魔術師に向かい振り落とされる。
  魔術師の唇から空気が裂けるような音が響いた。
  ただ一つの呪文だった。魔術師の前に紫に輝く紋章が浮かび上がる。
  ハーボルトは倒れ、顔を包んでいる兜が転がっていく。蒼白な顔には一切の生気はない。
「それしか持たないとは騎士も腕が落ちたね」
  露になるハーボルトの顔を見てジャックには分かった。その心臓は脈打つのを止めているのだと。
  魔術師の前の紋章が消え去った。
「かかれ」
  騎士たちは一斉に切りかかった。
  怒涛のように迫る刃、呪文を唱える間はない。
  騎士たちは勝利を信じた。
  だが、刃は途中で巨人にでも掴まれたように動かなくなった。
「惜しかったね」
  魔術師の前に現れたのは紫に輝く死の紋章だった。
  激しく心臓が高鳴る音を立てる。自分が思ってもいないうちに心臓は止まり、眠ろうとしていた。
  ジャックも立っていることができずに倒れた。
  魔術師は倒れた騎士たちの合間を縫って楽しそうに声をかける。
「もう終わりかい」
  魔術師の声を聞きながらジャックは必死に顔を起こした。そこに見えたの魔術師の足だ。
  ジャックは立ち上がると剣を突き出した。
  魔術師は交わす事もしなかった。見えざる巨人の力がジャックの剣も他のものと同じように押し留める。
「惜しい」
  風が吹いた。雲間が少しだけ開き、月の光がジャックと魔術師を照らす。
  満月の光がさした瞬間、剣はなんの抵抗もなく魔術師の胸を貫いていった。
「これは慢心したね」
  ジャックは戦叫を上げながら踏み込んだ。全身の力を込めて。赤い血がジャックの身体を濡らす。魔術師の血に塗れた手がジャックの顔に触れる。踏み込んだせいで下がっている顔を無理やりあげた。
「その顔憶えておくよ」
  魔術師は笑い、そのまま物言わぬ体となった。
                    ◆
「その顔憶えておくよ」
  魔術師の声。その整った悪魔の顔。
「ジャック、ジャック」
  ジャック・アーヴィングは目を開けた。
  目の前にはブロッサムの顔があった。
  自分は今、部屋のベットの上にいる。
  そうだ。もうあの悪魔のような魔術師との戦いは終わったんだ。
  ジャック・アーヴィングはそう思いながらブロッサムの顔を見た。
  青い空のように澄んだ目は初めて会った時と変わらない。
  大陸から昼を奪い、死者の世界を作ろうとしていた魔術師に、偶然最後の一撃を与えたために英雄と呼ばれるようになったジャック。しかしその重圧に、大陸から離れたこの小さな島に移り住んでいた。そこで出会ったブロッサムと恋に落ち、ジャックは英雄と呼ばれる生活も、騎士の栄誉も忘れた。
「最近よく魘されてる」
「すまない」
  ブロッサムは首を横に振った。
「だいじょうぶ」
  子供をあやすようにブロッサムはジャックの頭を抱きしめた。
「眠るまで・・・あ、違った。朝まで一緒にいるから」
「でも君が疲れてしまう」
「だいじょうぶ」
  ジャックは目を閉じた。
  小夜啼鳥のあまい声がした。
  ジャックは眠った。悪い夢は見なかった。夢は。
                      ◆
  ジャックは目を開けた。
  外は暗いままだ。もう一度寝ようと思ったところでジャックは気付いた。小夜啼鳥の声が聞こえない。外を見たジャックの目には闇が見えた。
「朝?」
  横に寝ていたブロッサムが目を開ける。
「まさか」
  ジャックは寝台の下にしまってあった剣を持つと外に飛び出した。
  そこには闇に覆われた世界があった。
  昨日と変わらぬ白い砂浜。風に舞う椰子。そして昨日までは元気だった島の人々は生きているものの姿をしながら、既に死者となっている。
「待っていたよジャック・アーヴィング」
  楽しげな声の先には魔術師が立っていた。
「魔術師」
  首にはジャックがつけた傷が生々しく残っていた。
「せっかく大陸から昼を奪ったのに、英雄の君が出てこないと思ったらこんなところにいたとは。いやはや失敗だった。最も今回は大陸だけで終わらす気は無いから、君にはいずれ会えると思っていたから慌てはしなかったがね」
  ジャックは剣を構えた。
「懐かしいよその剣。冷ややかな刃の感触をまだ覚えている」
  魔術師は楽しげに首の切り口に触れた。ジャックは切りかかった。
  魔術師は交わす。
「腕は落ちたようだね」
「うるさい」
  それはジャック自身が一番よく分かっていた。この南の島に来てからの生活で、武器を使うための肉体はもう崩れていた。
「つまらないな」
  剣は魔術師の前で止まっていた。剣は魔術師の力に耐え切れなくなり砕け散った。その余波を受け、ジャックは地面に叩きつけられた。刃の欠片に切り刻まれた全身が朱に染まる。
「さよならだ」
  魔術師の前に死の紋章が現れる。体から命を維持していた何かが流れ失われていく。意識が遠くなる。
  心臓の鼓動が遅くなり眠ろうとする。
「ジャック!」
  ブロッサムの声だった。目が覚めた。
「きちゃだめだ」
  魔術師はブロッサムに気付き笑みを浮かべた。
  ジャックは自分が失敗した事を悟った。今声を上げなければ、必死に彼女を止めようとしなければ、いや、自分がここに来さえしなければ。
  ジャックの身体を放り出し、魔術師はブロッサムに近づいていく。
「逃げろブロッサム」

後編 少女の空
  闇の中、その街はあった。
  世界一の大都市。地上の神の都。かつてこの街はそう呼ばれていた。今もまた大路には人は溢れ、享楽の時は続いているように思われた。
  だが、それは事実だろうか。彼らには影はない。この都市に住む大群衆は全て死者なのだ。
  生あるものはただ一人。その一人ジャック・アーヴィングはその人々の中に交じり、都の中枢にある王宮へと入っていた。
  いつもなら決して余人の入れぬ王宮。しかし今夜は特別だった。
  魔術師が王の座につくのだ。その戴冠式が華々しく行われる王宮。今夜は人々に開放されていた。
  盛大な社交界。絵空事のように華やかな男女たち。しかしジャックの目に映るのは真実の姿。死の舞踊だけだ。
  骨だけになった体で生という夢に、いいや生きることも忘れ去り、そこにある彼らの姿。
  嫌悪を感じるがそれ以上にジャックの中には既に慣れ親しんだものだ。
  ここに来るまでにいったい幾人の死者と見えたか。彼らは死んでいるという事も知らずに生を夢見ていた。もう興味を引くものなどないはずだった。
  だが。
  ジャックは足を止めた。死の舞踊に魅入られたのではない。
「ブロッサム」
  ジャックは南の島を思い出した。あの死の砂浜を。
                     ◇
  南の島に広がる白い砂浜。
  その中の黒い一点。それは魔術師だ。魔術師は南の島の娘ブロッサムに近づいていく。
「お嬢さん」
  ブロッサムは震えていた。何かあればその均衡は解け、ブロッサムは逃げ出すはずだ。
  ジャックはそれを待っていた。死ぬのは怖くはない。むしろこの恐怖から逃れられるのなら。そう思えた。
  だが、ブロッサムは別だ。彼女は自分と関わってしまった事を除けばただの村の娘だ。こんな恐怖を味わっていい人間ではない。
「逃げたいのなら構いませんよ。ただし英雄ジャックの墓石はこの美しい浜辺に置かれる事になるでしょうが」
「逃げろ、逃げてくれ」
  ジャックは叫んだ。
「だいじょうぶ」
  ブロッサムの声がジャックの耳に届く。いつもと同じ言葉。今それは違うものだ。
「ブロッサム、いいから逃げろ」
  ジャックの声は叫びに変わった。
  闇がブロッサムを包み込みその姿を消し去る。
「ジャック・アーヴィング。無力を誰よりもよく知りながら永く眠りなさい。不相応にも英雄などど呼ばれた罰としてね」
  魔術師は消え、ブロッサムも消えていった。
  そしてジャックの意識も。
                      ◇
「そんなわけはない」
  ジャックは呟いた。
  あの時、彼女は闇に食われた。生きているわけはないのだ。
「王の戴冠が大広間で始まるぞ」
  声がかかり人々は大河と化し、大広間に集まっていく。
  大広間の中央には有翼の三脚台が用意されていた。かつては至高神の司祭であったろう老人が祈祷書を手に待っていた。
  人々のどよめきが止まる。
  現れたのは魔術師だ。今までの黒一色の衣と違いとは違い白と金で飾られた装束は神の戯画のようだ。
  司祭に向かい恭しく魔術師は頭を下げた。司祭も一礼し、祈祷書を広げ、宣誓の言葉を唱える。
「汝は神の地上での代理人として、王権を預かり、それにより王となるに異はないか」
「あります」
  魔術師の声に答えたように祈祷書は燃え上がった。祈祷書から火が燃え広がり焼かれながら叫びを上げる司祭。しかし群集は騒がずにただ魔術師を見ている。
「聞け、人々よ。この今より王となりこの大陸を治める。大陸だけではない。いずれこの世界全てが臣下となる。異議あるものは今この場で名乗るがいい」
  群集が割れた。そして悲鳴。その源はジャック・アーヴィングだった。
  魔術師は笑みを浮かべた。
「これはこれはわざわざ君が祝辞をいいに来てくれるとは光栄だよ。せいぜい歓待を受けてくれたまえ」
  一部の人間の姿が崩れ膨れ上がり、キマイラやヒドラといった化け物に転じると、ジャックに襲い掛かった。
  ジャックは背中の剣を抜いた。
  ヒドラの無数の首が切り裂かれる。だが、そこからは首が再生し、より勢いと数を増した。キマイラはその龍の口から炎を巻きながら背中を向けたジャックに飛び込む。
  ジャックは上に飛んでキマイラの攻撃を交わした。走りながら大広間中を走りまわる。燭台の灯りが消え、外からの星月の輝きが広間を照らし出した。
  キマイラの炎がヒドラを焼き尽くす。キマイラもまたヒドラの毒に冒され、そのまま動かなくなる。
  多くの群集がいながら静まり返った大広間で、魔術師の拍手の音だけが響く。
「随分と腕を上げたね」
「お前は仇だ」
「あれがなければ君はここまで強くならなかった。むしろ感謝して欲しいくらいだよ」
  ジャックは戦叫を上げながら魔術師に切りかかった。剣の刃に無数のルーンが浮かび上がり光を放つ。
「全く学ばないね」
  魔術師は交わそうとしなかった。
  だが、剣は魔術師の肩を切り裂いていた。魔術師は小さくうめきながら下がる。
「俺は求めつづけた。強さとお前を殺せる何かを。答えはすぐそこにあったのにな」
「それは何かね?」
「光だよ。月の光も、日の光を照り返したもの」
  ジャックは上を見た。
  魔術師は笑った。
「その為に燭台は豊富に用意したつもりだったがやられたよ。騒ぎに乗じて全て壊すとは」
  ジャックは魔術師に切りかかった。魔術師の肩から血が噴出す。
「それは『闇払う陽の標』か。まさか滅びた太陽神の神剣を持ち出すとは。だが、まだだ」
  魔術師の前に死の紋章が浮かび上がった。
「言わなかったか。強さとお前を殺せる何かを求めたと」
  ジャックは目を閉じていた。目撃したものでなければ紋章の魔術は効果がない。
  ジャックは目を閉じたまま魔術師に向かっていく。無言のままジャックは剣を振り上げた。
「ジャック」
  剣はとまっていた。その柔らかな声は忘れる事の無いブロッサム。
  ジャックは息を飲んだ。ブロッサムの匂いがした。覚えのある癖のある髪が腕にかかる。
  ジャックは目を開いた。そこにはブロッサムの姿があった。だが、瞳には夜空のように暗い藍色だ。肌の色も褐色が消え。ただ白いものになっている。ブロッサムも広間の群集と同じく生者を装う死人なのだ。 それでも目を離す事ができなかった。
「ばかめ」
  死の紋章がジャックの視界に入る。ジャックは全身から流れ出す力に耐え切れずに倒れた。
  衝撃が響いた。右腕が剣ごと吹き飛ばされた。
  叫びをあげるジャックに魔術は優しい声でいった。
「お前の愛する女に安息を与えられるがいい」
  ブロッサムは剣を掴むと、ジャックに近づいていく。剣が地面に擦れ、パンジーの鳴き声めいたものを響かせた。
  ジャックはブロッサムを見ていた。
  もう力は残ってはいない。
  生きていたわけではない。それでもこうして彼女をもう一度見れた事が幸せだった。ジャックはただブロッサムを見ていようと思った。
「ごめんなブロッサム。俺と会ったばかりにこんな事に」
  ジャックは泣いていた。今心の中にあるのは後悔ばかりだ。
  どうして戦士になったのか、どうして魔術師になったのか、どうしてあの島に逃げたのか。その一つでも選ばなければブロッサムはこうしてここにいなかっのに。
「ごめんな」
  ジャックは命を差し出すように胸を突き出した。
「ジャック」
  呟きが漏れる。ブロッサムの瞳には青空が感じられた。初めて出逢った時のままに。
「ばかな」
  ジャックはブロッサムに支えられた。死者である冷たい肌。だが、それでも懐かしい。立ち上がった二人の手に支えられ、剣は高々と上げられている。
  剣が振り下ろされた。魔術師は剣の放つ巨大な光の柱に包まれながら倒れた。回りの人々がその輪郭を失い影となり闇に消えていく。
「私が死ねばお前もあの永遠の暗闇に戻るというのに」
  魔術師の姿が塵となり消え去ると大広間には二人だった。
  二人は立っていることができずに倒れた。
  日の光が大広間に差し込みはじめる。
「ブロッサム」
  ブロッサムの体も消えていく。ゆっくりと灰に変わりながら。ブロッサムはジャックを見た。それはどこか戸惑っているように見えた。
「悪い夢を見たの。魔術師が来てわたしはきえてしまって・・・今も夢なのかな」
  それはあの最後の日のようだ。その時、彼女は何をしてくれたか。
  ジャックはブロッサムを抱きしめた。生身ではなく。霧でも抱いているかのような希薄さ。それでもブロッサムはここにいた。
「俺が朝まで見ててやる。まだ、怖いか」
「だいじょうぶ」
  ブロッサムは目を閉じた。その身体は細かな光になっていく。光は消えずジャックの周りを彷徨った。
「だいじょうぶだよブロッサム。だから行くんだ」
  光は消えていく。その先には空が広がっている。ブロッサムの瞳と同じ青空が。
posted by 作者 at 03:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。