2014年06月28日

百合忌 キャンディーフロスワールド2

百合忌                 

「なんだここ」
 麻績優は声をあげた。
 優が見ているのは、パソコンの画面だった。
 いつもと同じように、CG(コンピュータグラフィックス)を求めて、ネットサーフィンしていたはずなのに、知らないところにきてしまった。
 こんな風に知らないページを開くのは珍しくはない。ウェブページはそもそも確認しきれないくらいたくさんあるし、そのうえ一日数千単位でサイトは増加している。加えて『Deep Web(ディープウェブ)』と呼ばれる検索エンジンでも見つからないサイトもある。小学校の授業ではこうしたところに入る事すら禁じているが、優は気にした事はない。物心ついた時から、パソコンで遊んでいた人間からすれば、未知のサイトにこそ、新たな情報が眠っているのをしっていた。
 優は夕飯代わりのポテトチップスを口に入れながら、少しこれまで見てきたページを考えた。
 意図してないサイトに入るのは珍しい。先程まで調べていたサイトはどこかに貼られていたリンクがダミーで、違う所に転送されたのかもしれない。
 それならあまりいいことはない。もしかしたらウイルスなどパソコンに不具合がでるような罠が仕掛けられているかもしれない。
 サイトの名を見ると、『Day Lily』。どこかのカメラから送られてきている映像のようで粗く、汚い。
 コンクリートが打ちっ放しの部屋は、窓はなく、薄暗い。天井につけられた裸電球が揺れている。どこかの地下であるようだった。
 毛布を被った人間が壁に寄りかかっている。顔を下に向けているので表情は見えない。
「やばいサイトかな」
 一応、セキリュティソフトを確認するが、ウイルスやトラップなど、パソコンを害するものはないようだ。
 しかし、危ないのは変わりない。『Day Lily』からの接続を切ろうとすると、毛布が動いた。毛布がずれて、暗い中でも白さの分かる足が見えた。その女性のものと思われる細い足首には奴隷であるかのように足枷がつけられている。
「趣味悪」
 思わず舌打ちする。
 演出にせよ足枷は鋼で作られていて、足に噛みついたように見える。足枷の横には青白い痣がついている。その痣の横には切り傷がある。
 優は息を飲んだ。よく見れば足には無数の痣や傷があった。それは自然でできるものではなかった。何らかの暴力が彼女の横を通り過ぎたのだ。
 優はじっと画面の中を見回した。裸電球の光のせいで部屋全体はよく見えないが、床に黒い染みが見える。それは固まった血のように思えた。

 カメラを設置し、海や空の様子を、定点観測してインターネットで流しているところも多い。アダルトサイトでは、若い女の子の部屋をカメラを設置して盗撮しているサイトもある。それはやらせだろうが、これはどうだろう。
「これ本物か」
 少女は顔を上げた。髪で顔を半分は隠れているが、綺麗な輪郭が見える。その口元のほくろには見覚えがあった。
 優は立ち上がってパソコンの画面に近づいた。画面に近づいたところで、髪で隠れた顔が見えるわけではない。
「ああ、もう」
 声が聞こえたように少女は顔を上げた。
 髪が流れて、顔が見えた。猫科の生き物のようにつり上がって見える目が優を見ていた。
 優は壁にかけてある時計を見た。こういう時は結論を出すまで一分考える。慌てやすい自分に向けての父親からの助言だった。
 一分たってもう一度見直した。
「やっぱり」
 そこに映る顔はクラスメイトの弥勒地華弥だった。

 寝不足だったせいで、遅刻しかかった優は、八時十四分に教室に駆け込んだ。自分の席に座った回りを見ると、あと一分で、ホームルームが始まる事もあって、教室の席はほとんど埋まっている。
 担任の大原先生が入ってくる。
 クラスのいろいろな所から先生に、朝の挨拶が上がる。大原先生は着物が似合いそうな和風の美人でありながら、多少S気もあって生徒に人気もある。
 出席を取り始めると、だれもが大きな声で答えるが、弥勒地華弥の答えはない。
 休んでいる華弥の事を誰も話題にしないが、彼女は学校では有名な女の子だった。
 低学年の時に『二人のロッテ』というアニメで主役を演じる声優として、テレビでよく見かけた。高学年になってからは月9のミステリーに出演して端役ながらも、明るい演技で有名になっていた。そうした芸能界の活動が忙しいのか、不登校気味でほとんど学校に来ない。
 優はホームルームを聞きながら、こみ上げてくるあくびを口で押さえた。
 昨夜見たサイトが気になってほとんど眠れなかった。そんなにいつもは夜遅くまで起きているわけではないせいでふらふらする。
 二限目の授業まではがまんできたが、三限目で限界で頭が痛くなってきた。
 大原先生に体調不良を報告すると、保健室に連れて行かれた。
「この子、気分よくなるまで寝かしておいてもらえない」
 大原先生の声に、白衣を着た養護教諭のイチゴちゃんが顔を出す。
「分かりました。君、そこのベッドで横になっていてください。もうしわけないのですが、奥には、先客がいますから、できるだけ静かにしてあげてくださいね」
 イチゴちゃんに言われるままに、できるだけ音を出さないようにベッドに寝転がった。

「寝不足だと思いますけど、もうダメですよ。学ぶ機会を失うのは、あとで自分に罰になって返ってきますからね」
「すいません」
 イチゴちゃんが仕切のカーテンを閉めた。
 先程まであれだけ眠ったかったのに、今は眠くない。保健室に来るなんて珍しいから、胸がどきどきしている。
 天井を見ていると、いつの間にか灰色になっている。
 保健室の天井は白いし、灰色で裸電球なんて揺れているわけはない。自分がいるのはベッドの上のはずだ。それなのに背中から容赦なく冷えてくるのはどうしてだろう。
 足音がした。
 イチゴちゃんかと思ったがカーテンを開いたのは別の見知らぬ男だった。その手に鞭が握られている。
 風切る音が響いた。痛みが頬に走った。鞭で打たれた。
 どうして、なんで。
 殴られるようなまねはしていない。そう思った。考えている間に鞭は振り落とされる。考えられなくなる。
 痛みが来る度に、獣のように叫んだ。しかし叫べたのも最初のうちだけ。気づけば、声も出なくなっていた。

「起きなさい」
 目を開けた。その動作で目を閉じて、夢を見ていたのが分かった。昨夜の華弥の映像。あそこに優が巻き込まれた夢だ。
「落ち着いた」
 艶のある高い声だった。声の方を見れば、きれいな輪郭とほくろが見えた。猫科の生き物のようにつり上がった目が自分を映している。
「みろくじかや」
「さんくらいつければ」
「弥勒地さん。僕、俺は麻績優」
 華弥とクラスメイトだが、一対一で話すのは初めてだった。落ち着かなくてはいけないと壁掛け時計を見るが、それより前に華弥は話し始めた。
「それでいいわ。私は、自己紹介はいいわね?」
 優は頷いた。
「それで何で魘されてたの?」
「怖い夢を見て」
「子供ね」
 誰のせいだよと思って言い返そうとすると、華弥は顔を近づけてくる。息が苦しくなるように錯覚した。近づいてくる鳶色の澄んだ瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
「何だよ」
「それくらい元気なら大丈夫ね。そろそろ仕事いくから」
 華弥は離れると背を向けた。
 昨日見た足首の痣が気になって足下を見た。足はブラックジーンズで覆われて見えない。どこか肌が出ていないか見た。夏だというのに黒い長袖のシルクのシャツで、手首から先すらも手袋で覆われている。
「じゃあ、イチゴちゃんにいっておいて」
 華弥は軽く手を振って出て行った。
「お大事に」
 そのまま優は華弥の消えたドアを見続けていた。

 優は家に戻ると直ぐにパソコンの電源を入れた。
 昨夜気になったので、弥勒地華弥に似た少女のいたサイト『Day Lily』は、一応ブックマークにいれて、見られるようにしておいた。
 インターネットにつなぎ、ブラウザを立ち上げ。サイトを開く。
 『Day Lily』は昨日と同じ部屋だった。昨夜は分からなかったが、部屋の天井に近いところに窓らしきものがあった。そこから光がわずかに降りてくる。部屋の端にはロゴの入った段ボールに詰められた荷物がたくさん置かれていた。
 少女は昨夜と違い顔を上げている。ただ、これといって何もする事もなく、一点を見つめていた。その一点は外から漏れる光だった。
 その光のせいか、少しは分かることがあった。昨夜は見えなかったが、カメラらしいものが部屋の天井を始め、数カ所に設置してある。
 今自分が見ている視界以外にもカメラがあるのだ。そう思ってマウスをいじっていると、カメラの変更らしいアイコンが現れた。クリックすると、少女の正面にアングルに切り替わる。
「やっぱり弥勒地だ」
 今までは遠くで見ることしかできなかったが、今日、声をかわしたからこそ、ここにいるのが弥勒地華弥である自信が持てた。
 あんな、きれいな女の子がそこら中にごろごろしているわけはないのだ。
 あのあと学校から出て、ここに来るのが仕事なのだろうか。だとすると、これは一種のヤラセなのだろう。
 学校での様子を思い出して、少しだけほっとしていた。華弥が仕事の上でしているのなら、この異様な様子もきっと何らかのお約束の中での出来事なのだ。
 それなら、今ここで見えている華弥の演技は素晴らしいものだ。学校での闊達さは一切感じさせず、ただ何の興味もないのにまばたきもせずにじっと一点を見つめている。ただ、存在しているだけの、きれいな人形のように思える。
 それなのに見ていると何か胸の中を掻きむしられるような気がするのはどうしてだろう。
 こんな華奢な壊れそうなものなのに。
 いや、壊れそうなものだから、人に壊される前に自分で壊したいのか?
「やめやめ」
 優は声を上げた。今の自分の感情がおぞましいものに思えた。
 慌てたせいで画面のアングルが変わる。華弥の口元だった。薄く血の気無い唇は動いていた。学校で見た生き生きとしたものとはまったく違うその輝き。それが何か呟いている。
 声は聞こえてこない。
「どうしたんだよ」
 声をかけても華弥の表情は変わらない。聞こえてないのだから当たり前の事だ。それでも気になって華弥の口元をじっと見た。唇は同じ動きを繰り返していた。何度見てもそれは変わらない。
「タスケテ」
 彼女の口が紡いでいるのは、ただ一つの言葉だった。

 一時間目を終えると、教室を飛び出した。めざすのは保健室だった。
保健室のドアを開けると中には、養護教諭のイチゴちゃんの姿は無かった。
 並んでいるベッドの方を見ると、奥のベッドにだけはカーテンがかかっている。そこは昨日華弥のいたベッドだ。今日も華弥はここにいるのだろうか。
「弥勒地さん?」
 答えはない。ただ、静かな寝息が聞こえてくる。優はベッドに近づいた。
 華弥がいればこっそり傷を見られる。もし、傷があれば、何らかの事情で、華弥はあのサイトで何かされているのだ。タスケテと口は動いていた。それなら自分の意思ではないはずだ。
 カーテンに手をかけた。少し隙間を開け、中を見ると、タオルケットのかかった背中が見えた。その背中は寝息に合わせて上下している。
 こっそり見るだけだ。こっそり。しかし、もし華弥が起きてしまったら。そして誰かに話してしまったら。
 クラス中から変態扱いされ、ののしられる、学校にも通えない様子が浮かんだ。最後はニュースにまでなりテレビで放映される。スパイラルして悪い方に考えが浮かんだ。
 いや、きっと起きる事はない。これだけしっかり寝ているんだ。そう心の中で呟く。
「ごめん」
 声にならない程小さくいうと、タオルケットに手をかけた。
「そこまでよ」
 弥勒地華弥の声が響いた。
 目の前ではない。したのは背後でだ。
 振り返れば、保健室の前に、ランドセルを背負った華弥が立っている。
「弥勒地さん」
「早起きは三文の得っていうけど、いつもより早く登校してきてみたら」
 芝居がかった様子で華弥は頬に手を当て、
「麻績くんたら、寝ている女の子を覗こうなんていやらしい」
「いや弥勒・・・」さんかと思って、と言いかけてから辞めた。しかし、華弥はしっかり消えた語尾も分かったようだ。
「ふーん、私かと思ったんだ。残念だったね、変態さん」
 何も言えなかった。顔がとにかく熱くて、頭に血が上っているのが分かる。まともに考えがまとまらない。一分でいいから、静かに考えさせてくれればいいのに。そう思っていると口が勝手に動いていた。
「弥勒地さんの仕事に比べれば変態じゃないよ。あんな格好して、人前に出てさ」
 言い返してくるかと思ったが華弥は息を飲んでいる。そして発した声は、一切感情が感じられなかった。
「誰に聞いたの?」
「誰だって分かるさ。こんなに暑いのにそんな厚着して」
「そうなんだ。でもね、これは私にとって、一つのターニングポイントなの。麻績くんが何といってもね」
「あんなに辛そうなのに?」
「確かに辛いけど、ここは私にとって必要なステップなんだから、いったいあなたに何が分かるって言うの?」
 華弥は足下を荒々しく踏みつけた。
「ここは保健室ですよ」
 タオルケットをゆっくりとどかして、起き上がったのはイチゴちゃんだった。
「話は聞かして貰いました。つまり、簡単にいうと華弥ちゃんが麻績君を好きという事ですね」
「違います」
 華弥が声を上げた。
「初恋は実らないものです」
 イチゴちゃんは白衣を翻してベッドから降りた。
「そういうのじゃありませんから」
 華弥はいう。今度はさっきよりは少しは柔らかいが、それでもきついのに変わりはない。
「恋愛ではないのですか。それなら、喧嘩の原因はまったく思いつかないんですけど」
 優は小さく深呼吸した。そのせいか少しだけ落ち着いてきていた。
「すいません。僕が、弥勒地さんを怒らしたのが悪いんです」
 優が先にいってしまったせいか、華弥は怒りが一気に醒めてきたようで、小さく舌打ちした。
「いい子になって」
「綺麗な子が舌打ちしてはいけませんよ。あなたは素敵な女の子なんですから」
 一時間目の休憩を終わる鐘が鳴った。
「すいません。失礼します」
 優は頭を下げて、保健室から出た。その手が捕まれる。振り返れば、イチゴちゃんが手をつかんでいる。
「やっぱり熱があるみたいですから、少し休んでいきなさい」
「いや熱なんてないです。大丈夫ですから」
「だめですよ」
 イチゴちゃんは手をそのまま引っ張って、丸い椅子に座らされた。
 本来その椅子に座るべきイチゴちゃんは目の前に。扉の方では華弥が通さないとばかりに仁王立ちだ。
 逃げ道は、残念ながらないようだ。このまま黙っていて、授業に行かなければ、大原先生は間違いなく怒るだろう。
「あの実は、あるサイトを見たんです」
「あるサイト?」
「はい。そこで弥勒地さんと思われる女の子が、傷だらけで、何か虐待されているようなサイトでした」
 華弥の方は、ドナドナでも見るような目で、こっちを見ている。
 先生の前で、キッズグーグル(児童向きのグーグル。青少年の教育上好ましくないキーワード検索は行えない検索サイト)に登録されていないようなサイトを覗いていたのを白状したのだ。学校から保護者に連絡が行くのは確実だろう。
 優を見たままイチゴちゃんは無言だった。何か考えているようだ。
 暫くして、イチゴちゃんはいった。
「そのアドレス分かりますか?」
「今は分かりません」
 イチゴちゃんは頷く。
「ありがとう。ただ、あなたが、華弥ちゃんを心配しているのは分かりました。華弥ちゃん、悪いんだけど手袋ぬいてあげて」
「え、どうしてこんな奴に」
「それが誤解を解く一番の早道ですよ」
 華弥は手袋をとった。日焼けしていないせい、白い肌が見える。しかし、手には、一切の傷は見えない。
「これで分かった? 華弥ちゃんはあなたが心配するような事件に巻き込まれていないから大丈夫」
「じゃあ、あの子は誰なんですか?」
「分かりません。ただ、そのサイトはどう見ても、小学生の見るようなサイトではないですね。私がそのサイトを確認してみますから、もう閲覧しないように」
「分かりました」
 優は頷いた。
 
 大原先生に命じられた教室の窓ふきが終わったのは、もう下校のチャイムが鳴り響く頃だった。
 結局、保健室で止められていた時間について話さずに、ただ遅刻した事にした。結果、とてもいい笑顔で掃除を命じられた。
 教室に戻った優には罰。ずっと保健室にいる華弥はおとがめ無しというのは何かおかしい気もしたが、先生には逆らえない。
 汚れたゾウキンを洗おうと、洗い場に向かって廊下を歩き出すと、華弥が立っていた。
「おつとめごくろうさま」
 言葉こそ丁寧だが、目は笑っていない。
「どういたしまして。で、何か用?」
 冷淡にいうと華弥は手をいきなり合わせた。
「お願いがあるの」
「何?」
「先生に明日見せる前に、さっき話していたサイト見せてもらえないかな」
 華弥の言葉の意味を考えた。
「やっぱり弥勒地さんなの?」
 華弥は小さく首を横に振った。そして自分の足下を見るように顔を下げた。
「私ね、双子のお姉さんがいるの。両親が離婚した時に、お父さんにつれていかれてしまった姉が」
「お姉さんが」
「もし二人で一緒に暮らせたら、みんなで一緒に暮らせたら、ずっと思ってた」
 華弥は芝居をしているのではないか。そんな考えが脳裏を掠めた。
「もし先生が調べて警察にしらされたりしたら、お姉ちゃんに被害がでるかもしれない。だからその前に確かめたいの」
 華弥は顔を上げた。顔を見た瞬間、もう逆らえなかった。華弥の目から涙がこぼれようとしていた。

 優は横を歩く華弥の横顔を見つめた。学校から帰る途中、顔を見るのは何度だろうか。
 最初は落ち着いたように見えた華弥の顔だったが、家が近くなるにつれて、不安らしく、目がちらちらといろいろな方向を見るようになった。
 あまり親しくもないクラスメイトの家に始めていくからだと最初は思っていたが、そうではないのが直に分かった。
 おびえているのだ。その証拠に最初は少し遠くにいたのに、今は自分のすぐ後ろを小さな子供のように不安気についてきている。
 優の住む団地は、建物自体の老朽化と、住人の高齢化のせいで、人の姿をあまり見ない。加えて建物全体の住人の意思が統一できた建物は、売られてしまい人がいなくなり廃墟のようになっている。そんな建物が多いせいか、全体としてはゴーストタウンといってもおかしくない地域が多い。
 そんな景色だから遠くからでも見えそうなものだが、高速道路のせいで、通っている学校から団地は見えない。華弥は、海沿いの新しい高層マンションの一つに住んでいるときいているから、初めて存在を知ったのだろう。
 優の住んでいる建物はそれなりに人がまだ多くいる棟だが、団地の中でも古い建物だ。そのせいで雰囲気は先程まで通ってきたゴーストタウンと変わらない。
 建物につくと、エレベータのない階段を上がる。四階に優の家はあった。立ち止まり、自分の部屋を指さすと、華弥は少し安心したのか大きく息を吐いた。
「古くて驚いた?」
「別に」
 扉をあけると、いつものようにぎいっと重い音を立てた。振り返れば華弥が少しばかり、身を固くしている。確かに慣れない人からすれば、この鉄の扉も少しばかり恐ろしいものだろう。 
「どうぞ」
 優がいうと、華弥は頷いた。

 家の中に入ると華弥は驚いているようだった。和室になった部屋には荷物はなく、使っているのかもよく分からない雰囲気だ。
「それに座って」
 優は推入から座布団を出して置いた。
「パソコンは?」
「部屋にあるから持ってくる」
 祐介はランドセルを起きがてら、自分の部屋に向かった。後ろから華弥がついてくる。
「どうしたの」
「動かすの面倒でしょ。部屋で見せて」
「え、嫌だよ」
「そこ」
 舞うように軽やかに、華弥は祐介の前の扉を開いたが、そこで華弥の動きが止まった。
「綺麗で驚いた」
「綺麗って言うか、ものないからでしょ」
 板張りになった洋室には、床に直にノートパソコン。壁際には段ボールがいくつかと、寝袋が置いてある。装飾といえば、壁に貼ってある映画のタイタニックのポスターくらいだ。
「なんでこんなに物がないの」
「うち、転勤多いんだ。引っ越しの度に片付けるのが面倒くさくなっちゃってね。だいたいの事はパソコンがあればいいしね。それに引っ越したことあるでしょ?」
「ないよ」
「両親が離婚したって」
「ああ、あれ。ああ、えっと、家は残ったから引っ越しはしてないから」
 言葉に詰まる華弥に優は罪悪感を覚えた。もしかしたら、何か辛いことを聞いたかもしれない。
「ごめん」
「いいよ、気にしないで。あ、でもタイタニック好きなんだ。わざわざ飾ってあって」
「好きっていうか、それは趣味の一環」
「なんで?」
「CGで絵を描くの好きなんだよ」
「どうしてタイタニックにいくわけ。これって恋愛ものでしょ」
 そういいながら華弥は、舳先にいるようにポーズをとりながら『I’m flying, Jack!』と芝居を始めている。
「そのシーン全部CGなんだよ、役者さん以外」
「あ、瞞そうとしてるでしょ。あんなにきれいなシーンがつくりもののわけないじゃないの」
 優は苦笑いした。確かに自分もCGについて学び初めてから知ったことだ。普通に見ていて分かるわけはない。海や船だけでなく、あの風や光の感じまでCGだなんて普通思わない。
「それよりパソコンを見たいな」
 優はパソコンの前に座った電源を入れる。華弥は、優の後ろに立って中腰になってパソコンの画面を見ている。
 ブラウザが立ち上がり、『Day Lily』を映し出す。
 画面に地下室が現れる。中には華弥に似た少女がいた。赤い夕焼けの光の中、コンクリートの床に伏せている。
 コンクリートの冷ややかさは、接触しているところから冷え、熱を奪われ、最後は体力を削られる。それなのに少女は伏せたままだ。
 『Day Lily』は相変わらず音がない無音の映像だ。そのせいで背後にいる華弥の息づかいが、画面に被って聞こえてくるので、いつもより生々しく感じられる。
 振り返れば、華弥は一心になって画面を見ている。その目は離れた姉を見ると言うよりは、敵でも見るようなにらみつける物だ。華弥はいらついているのか自分の親指の爪を噛んでいた。
「どうかな」
「映像粗いからっていうのあるかもしれない。でも、悔しいけど、私に間違ったって言われても納得できる」
「そうでしょ。よかった」
 少し嬉しくなって答えると、華弥の顔は怒っているのか白い肌が青みを帯びて見える程だ。自分に向けられたのかと思ったが、それが画面に向けられていた。
「よかったなんかじゃないよ。この子の傷、大丈夫っていうレベルじゃないよね」
 華弥は画面を指さした。少女の身体のいろいろな所に見える傷。優は気づかなかったが他にもたくさんあるのが分かった。
「ねえ、これ何なの? アダルトサイトってやつ」
「最初に偶然かかったからよく分からない。ただ、まっとうなものじゃないと思う」
「それは、まあ自分がまともなサイトを見てなかったいいわけみたいだけどまあいいわ」
 華弥は爪を噛むのを止めた。
「この子は助けないといけない」

 優はパソコンを見ていた。開いているのは『Day Lily』だ。
『この子は助けないといけない』と華弥は言っていた。具体的に何も思いつかなかったらしく、そのまま帰っていった。
 優ができるのはサイトをこうして見ることだけだ。だが、その中にもしかしたら、彼女を救うヒントがあるかもしれない。
 しかし、見ていても彼女はほとんど変わりはない。
 優はサイトを動かしはじめた。前したようなカメラの切り替えをしていれば、何か今までの視界では、見ることができなかったものがあるはずだ。
 その中で怪しそうなものを探す。例えば、特定の場所をクリックすると、何か起動するものがあるかもしれない。何かキーを押せば現れるものがあるかもしれない。そう考えていろいろと調べて回ることにした。
 気づけばもう夜中になっていた。

 いつもの如く、ポテトチップスと、牛乳を夕飯代わりにして、続けることにした。カロリーが回ってきたせいか、頭がはっきりしてきた。
 パソコンのキーや組み合わせは有限だが、実際行うには不可能と思われるくらい多い。
 検索サイトで、『Day Lily』を検索する事にした。しかし、分かったのは、それがワスレグサと呼ばれる植物の英名であり、語源は一日で花が枯れるからと言われていることくらいだ。このサイトそのものに関する情報は見あたらない。
 仕方なしに、明日、イチゴちゃんに見せるためのアドレスを連絡帳に記入した。
「もうこれ以上は無理か」
 パソコンから離れてひっくり返る。どちらにせよ、これ以上は自分でできないかもしれない。
 それなら人の手を借りる事もできる。基本的にウェブの世界は自己責任だ。調べも考えもせず、学校で先生に質問するように、聞く甘えは許されない。そんなことを聞いたが最後自分でもっと調べろといった意味で『ググれ』や、『過去ログ見ろ』といった言葉が返ってくる。
 しかし、『Day Lily』に関してはそんなことないのではないだろうか。これだけ調べても分からないのだから。
 確実にそういった知識やテクニックを持っている『神』と呼ばれるような人間のいるのは、匿名系の大手掲示板だが、独特の言い回しも必要で辛い。しかし、書き込むのならここだろう。
 文章をいろいろ考えて書き込もうとしたところで、手が止まった。
 もし優がここでサイトのアドレスを書けば、場合によってはかなりの勢いで情報が広がる。そうすれば、『Day Lily』が、アクセスの多さに耐えきれずつぶれるかもしれない。そうなってしまえば、もう何も分からなくなる。
「そうだよな、やっぱりダメだ」
 起き上がってパソコンの画面を見た。
 声を上げていた。そのまま画面を閉じていた。
「何だよ、今の」
 閉じる寸前、画面いっぱいに迫ってくるのは鳶色の瞳だった。カメラぎりぎりまで近づいているような少女の顔は、生命も危ういように思えた。
 
 放課後、保健室に向かった。
「遅かっですね」
「ちょっといろいろあって。すいませんでした」
 何もありはしない。ただ、保健室に来るのに遅れたのは、優の問題だ。
 優は保健室の中を見回した。華弥の姿はない。
「華弥ちゃん、今日は来ていませんよ。映画の撮影だそうです」
「そうですか」
 少女の瞳に射貫かれた気がした。その瞳にある虚ろなものを思い出すものに近づくのが怖かった。

 少女にもっとも近いのはサイトであるが、似ているのは華弥だ。華弥の中にあの少女を見いだしてしまえばもう。
 イチゴちゃんがじっとこっちを見ている。観察するような目に、自分が華弥を避けているのが見透かされているかと怖くなった。
「サイトのアドレスですが、もしかして忘れてしまいましたか?」
「いえ、メモです」
「ありがとう」
 イチゴちゃんは笑顔のまま、メモを受け取り、机の上のパソコンを起動した。のんびりとした雰囲気の合わぬ、アドレスを素早く入力し、マウスをクリックしているのが見える。
「サイト、消えてしまっていますね」
「本当ですか?」
 確かに白い画面には存在しない証として、黒く大きく404の表示が出ている。三桁番号404は、そのデータ存在しないということだ。
「間違ってはないと思うのですが」
 確認するように手で促され、優はパソコンの画面を見た。アドレスを確認するが間違いはない。
「もしかしたら、消去されてしまったかもしれません」
「昨日、今までと違う見え方していたんです。あれは最後だったからかも」
「どんな感じだったのですか?」
「カメラにぴったりくっつくように彼女の顔というか目が見えました。すぐに締めてしまったんですけど」
 イチゴちゃんは小さく呟いた。それは意図してではなくて心の中で思った言葉がうっかり出ただけのようだ。
「何ですか?」
「彼女に何かあったから、サイトが閉鎖されていたら、どうしようかと思いました」
「何かって?」
「九相図のようになっているかと」
「くうそうず?」
「絶世の美女、小野小町が、亡くなってから仏になるまでの姿を、現した絵の事です」
「でも死んだなんて、そんなこと」
「死ぬわけ無いじゃない」
 その叫んだのは華弥だった。
 華弥は、ランドセルを背負った肩を怒らせて、頬は紅潮している。
 姉かもしれない彼女が死んだと何の確証もないまま話しているのだ。優は自分の無神経さがいらだたしかった。
「落ち着いて」
 イチゴちゃんは立ち上がると華弥の肩を叩いた。
「つながってなくても分かることはあるから」
 イチゴちゃんは華弥を連れて、パソコンの前に立った。
「何する気ですか?」
 優の問いかけにイチゴちゃんは笑った。
「つながってなくても得られる情報はありますから。ドメインは、住所のようなものですから、パブリックなものなんですよ。だから、どこの誰が登録されているか調べることができるんです」
「誰でもですか?」
 優の質問にイチゴちゃんは頷いた。
「Whoisサーチというもので調べることができます。それに対しての対処法はいくらでもありますが、している方は少数派ですから」
 画面には黒字に白で様々な文字が浮かんでいる。意味の分からない英語の文章だ。イチゴちゃんは読み取っているようで無言だ。華弥は後ろから画面をのぞき込んでいる。
「どうですか」
「残念、少数派のようです」
 イチゴちゃんの言葉に華弥は小さく首を横に振った。
「いえ、どうもありがとうございました」
「何か力に慣れなくてごめんね」
 華弥は優の腕を掴んだ。
「じゃあ、帰ろう」
 そのまま優は華弥に引っ張られ外に出た。
「じゃあ行きましょうか」
 華弥はいった。
 昨日の少女の見せた虚無は華弥にはないが、やはり正面から見ると動悸が早くなる。
「どこにさ」
「彼女のいるところによ」
「なんで分かったの?」
「さっきの画面に、住所があった。桜市本町ってね」
「だって先生何もいわなかった」
 イチゴちゃんが嘘をついていたというのだろうか。
「生徒が危険に近づくって思ったんでしょ。まあ、教師としては当たり前の反応じゃない」
「よく憶えられたね」
「だって女優ですから」
 華弥はにっこりと笑った。
 
 華弥が見た住所は駅前だった。それをしった子供達がどうするか考えてイチゴちゃんは何も言わなかったのだろう。
 その辺りは狭い中華料理屋や昔ながらの小さな飲み屋が並んでいるが、あいている店も多くあまり柄のいい場所ではない。
 住所をたどっていくと、横に倉庫らしい建物のある平屋の店だった。優はこの店を知っていた。
 バナナ書店。書店といいながら、中古の本を中心に、ゲーム器具やパソコン、フィギュアなども扱っている店だ。優の使っているパソコンも父親がここで買ってきたものだ。
「入ったことある」
 華弥は首を横に振った。
「だってここあまりいい店じゃないでしょ」
 優からすれば、華弥のいういい店の基準は分からないがいつものように入ることにした。
「入るよ」
 華弥が声をかける。
「ちょっと待って」いかにも顔が隠れますといった大きなサングラスを華弥はかけた。「これでいいわ」
 バナナ書店に入った。
 レジは店を入ったところにあった。学生らしい店員は、こちらに声をかけることなく、手元のパソコンに熱中している。
 店先には新作のゲームや、マンガを中心に置かれている。そして中古らしいノートパソコンや、アイポッドのようなMP3プレーヤーがガラスのケースに入っている。
 さらに進むと中古のゲームと、古書のフロアになる。
「何か変な臭いする」
 華弥が結構大きな声で言うので口を押さえた。
「大きな声出すなよ」
 中にいる数人が自分の服を嗅いでいるのが見えた。
「本当の事だから」
 華弥は嘯いた。
 華弥を無視して先に進んだ。店の奥にはアダルトと書かれたコーナーがあった。
 少女に関わるものがあるとしたら、ここから先のような気がした。
 周りには人の目はない。
「ここなの」
 華弥はさっさと入っていくから慌ててあとを追う。
 入り込んだそこには、DVDが所狭しと並べられている。
「ここは子供は入っちゃ困るんだよね」
 背後から声がした。
 店長と書かれた名札をつけた中年の男が立っていた。手にはロゴの入った段ボールを持っている。
「ごめんなさい」
 優は反射的に頭を下げる。
「はい、出て出て。君たちがそういうの見ているの、見つかっちゃうと、おじさんが捕まっちゃうからね。はい、そっちの女の子もね」
 華弥は戻ってきた。無言のままで優の後ろに隠れてくる。
 さっさと店の先まで来た。レジではアルバイトがパソコンに夢中のままだ。
「おい、ちゃんと見ててくれよ」
「はい」
 精気のない声でアルバイトは答える。
「私の出ている作品あるかな」
 華弥はサングラスを取って顔を晒した。
「本物だ」
 バイトは背筋を伸ばして立ち上がった。
「うるさい」
「ファンなんです。サインいいですか」
「え、ああ」
 あまりにバイトの男の熱意ある声に華弥はサインペンを受け取った。

 バナナ書店を出で暫く無言だった華弥は憎憎しげに呟いた。
「いらついて何か殺しそう」
 にらみつけてくる華弥に優は目をそらした。
「おっかないな」
「もう苛ついて死にそうなんだから。箱見ても何も思わなかったの?」
「別に。それよりも、そんなに思いつめないでよ。イチゴちゃんも何かしてくれうだろうし」
「だといいけど」
「どうしてそんなに信用しないの?」
「家で弥勒地 華弥 ヌードで検索してみなさいよ」
 華弥は立ち止まった。華弥は立ち止まった。ランドセルの中から鳴っている携帯を取り出す。
「私、ちょっと用ができたから」
 叫んで華弥は走っていってしまった。
 優はそのまま走って家に戻ってパソコンを開いた。
 グーグルに慌てて文字を入力する。文字は、『弥勒地 華弥 ヌード』。
 多くは無いが、数件の検索結果が表示された。
 開こうとすると、削除されており表示はされない。ただ、検索に出る結果を合わせてみると、華弥のヌードがどこかに出回っているのが分かった。それだけではなく、ポルノも出回っているようだ。ただ、それは本物ではなく、そっくりな偽ものであるという話の方が大筋なようだ。しかし、そのせいで決まりかけていた教育テレビのレギュラー番組が駄目になったと記されていた。
 華弥のヌードはアングラで、かなりの高額で取引されているという情報は見つけることはできたが、画像らしいものは見あたらなかった。
「先に教えてくれよ」
 そのヌードモデルや、『Day Lily』が華弥でないのなら、きっとこれは華弥の姉のものなのだろう。こんなに似ていないわけはないのだから。
「お姉さんかもしれないんだし」
 優が話した少女のことを聞いて、華弥は真っ先にこれを思い出したのだろう。
 優は少しでも何か手がかりを開こうと、ブックマークしてある『Day Lily』を開いた。もうサイトそのものにつなげることができなくても何か手がかりがあるかもしれないと思ったのだ。
 学校での事を空白のページが出ると思ったそこには少女がいた。少女は倒れているがいつもと服が違った。日差しに一切あたらないような露出の少ない服。それは今日、華弥の着ていたものだ。
 華弥が倒れている。足元に転がっているのはサングラスだった。
 画面に顔を近づける。目に入ったのは、段ボールだ。そこに書いてあるロゴは、先程店長が持っていた段ボールにも同じ物が描かれていた。華弥はそれに気づいたのだ。
「ああ、どうして」
 優は駆けだした。
 恐らく華弥は一人で、乗り込んでいって、捕まったか何かで危ない目にあっているに違いないのだ。
 そして姿の見えないもう一人の少女。
「遅いよ」
 自転車をかっ飛ばした。息が切れてペダルを踏むのも辛くなった頃、バナナ書店が見えてきた。
 先程まで営業していたのに今は閉店の札が出ている。そのまま通り過ぎて、少し離れたコンビニの前に自転車を停める。
 正面からいって、華弥を返せと騒いでも意味はないはずだ。あの華弥の様子からいって、何か暴力をふるわれたかもしれない。
 忍こんでも助けなくてはいけない。どこかから入ることはできないだろうか回ると、ガスや空調のパイプを伝わって敷地の中に入れそうな隙間を見つけた。
「よし」
 自分にいい聞かせて中に入る。気持ちは先走って動こうしているのに、置き去りにされている身体が重い。そして隙間にお腹が引っかかる。
 明日からお菓子も止めて、ちゃんと運動しようと思いながらも、大汗をかいて、どうにか庭の中に入ることができた。
 倉庫が見えた。倉庫の周りには人の姿はない。扉に近づいて耳を近づける。物音はしない。
 扉に手をかけた。軽く押しただけで扉は開いた。
「ここって」
 倉庫の中はパソコンで見たのと同じ空間だった。今までは分からなかったが、小型のカメラが数個備え付けられている。
「助けにきてくれたのね」
 華弥に似ているが、知らない少女の声が聞こえた。優は急いで声の方に近づいた。
 画面では死角になっていた段ボールの影には大型のサーバー型のパソコンが置かれている。
 探してみるが華弥の姿も、少女の姿もない。
「ここにいるの」
 パソコンに近づくと、電源は入っているが、待機モードになっている。軽くマウスをいじると画面が明るくなって画像を表示された。

「何している」
 怒鳴られた声にびくっとなった。
 振り返ると、倉庫の入り口には、さっき店であったバイトの男が立っていた。ファンと言っていたあの男なら
「弥勒地はどこにいるんだ」
「華弥タンなら、さっき君と帰ったろ」
 嘘か本当か。
「嘘をつかないで。私を助けてください」
 華弥の声がした。声はパソコンからだった。
 男は素早く動くと、優を弾くようにしてパソコンに近づいた。
「あれオフにしてあるはずなのに。クソ」
 マウスをクリックした。そこには優には見慣れた映像が見えてきている。目の前にあるのと同じ倉庫のものだ。
「音声オフにするぞ」
 画面の中で華弥がこちらを見つめていた。
「弥勒地さん?」
「おお、本物知っている少年でもそう思うのか・・・こいつはやはり完璧だぜ」
 優は画面に顔を近づけた。本物に見える。しかし、現実の倉庫に少女の姿はない。
「これもしかしてCG?」
「すごいだろう。俺も本物かと思った」
「誰が作ったんですか?」
「買い取ったジャンクのパソコンに入ってたらしい」
 この映像が流されているのが、『Day Lily』なのだろう。
 自分が探していたものも、華弥が求めたものもただのCGだと思うと、おかしくなった。
「どうして弥勒地さんの格好を」
 男は自慢そうに笑った。
「さっき映さして貰った写真から作ったんだ。よくできてるべ」
「はい」
 CGだと分かれば、少女は魅了される存在だった。まるで人間のような自然な動作。これがプログラムで動いている事は驚きだった。作品なのなら、素晴らしいの一言に尽きる。 しかし、わかってはいても、優に向かって縋るような眼差しと、必死に動かしている唇に胸が痛む。
「そろそろ出たほうがいいぞ。店長、ここに入られているの知ったらぶちきれるからな」
「どうしてですか、こんな素晴らしい作品なのに」
 パソコンの画面が消された。
「作品か・・・これはそれだけのものじゃないんだよ。店長にとっては金の卵だからな」
 こうして少女に華弥の服を着せられると言うことは、逆もできるかもしれない。
 本人が何も知らない、弥勒地華弥のヌードが出回り始めるということだ。
 これ以上言わない方がいいと思い、優は頷き倉庫を出た。

 数日後、バナナ書店には警察の家宅捜査が入った。児童ポルノ販売の疑いだという。そして一週間もしないうちに、バナナ書店は火事になってしまった。
 保健室にいって、バナナ書店で見た事を話すとイチゴちゃんにグーで頭を殴られた。
「何もなくてよかったです。バナナ書店に連絡したのは私なんです。あなたの見た物を考えると、実際に何かあったのかもしれませんね。ただ、CGの為に一つ店が無くなったと思うと何かもうしわけないですね」
「こんにちは」
 優は華弥の姿を見て目を細めた。青いシャツワンピに、花柄のロングスカートだから普通の子に比べれば、肌はでてないが、十分夏にふさわしい格好になっていた。
「この格好の方が今までよりカワイイでしょう。やっと撮影終わったからきれるんだ」
 華弥は笑った。
「撮影」
「映画のね。シーンによって、日焼けしているとおかしいから、あんなに隠してたんだ。冬には全国公開だよ」
「お姉さん見たら連絡くれるかもしれないね」
「お姉さん?」
「生き別れのお父さんとお姉さんがいるって」
 華弥は笑って、手を組んだ。一瞬で表情が変わり、優しげな少女の表情になる。
「『やっと気づいたんだよ。家族がみんなで暮らすのが幸せだって』」
 意味が分からず華弥を見ていると、イチゴちゃんが拍手を始める。
「『二人のロッテ』の最終回のセリフね」
「先生ご存じですか?」
「あれはいい作品だったと思うわ」
 優はわけが分からず二人を見つめた。
「ああ、見てないのね。華弥ちゃんが声をあてていたアニメよ。自分たちが双子と知らずに育った姉妹が、サマーキャンプで再会して、入れ替わる話。最後に両親が仲直りするのよ」
「じゃあ、全部嘘なの?」
 華弥は頭を下げた。
「ごめんなさい。だって、言いづらかったんだもん。許してくれる?」
 優は頷くと、華弥は顔をあげて笑顔を浮かべた。優は黙ってその姿を見ている。
「何そんなに見とれるくらいカワイイ?」
 優は答えなかった。
 目に映っているのは、華弥ではない違う人の面影。『Day Lily』で見た彼女の縋るような眼差しだった。
posted by 作者 at 02:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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