2018年07月12日

猫の子 見ろ

「ああ、もうやってらんない」。そううめきながら私は万歳するように手を挙げた。
 私、綯和白は半ば眩暈を覚えながら、収集者の「脳」を眺めていた。
 「脳」というのは、イメージで、実際は多くの残された本の形で私の前にあった。その冊数は万巻に達していることだろう。
「虎が価値ある皮を残すように、読書家は脳を本という形で残す」
 この本の山を調べる時に、雇い主である眉山燕雀は言った。
 日本全国800か所を調査し、「新日本妖怪百撰」を出した妖怪文化研究者だ。妖怪研究家というと水木先生好みのふくよかな体形を思い出す。
 しかし、眉山さんは、切れ長の目と細い顔の線とあいまって、悪魔っぽい。それも契約は守る近代の悪魔。メフィストフェレスだ。
 そんな姿形で人を見るほど私は純粋ではなかった。そしてお金もなかったので、学校で紹介を受けたこのバイトはぜひこなさなくてはならなかった。
「学内で作業する人間を募集しているとしか聞いていませんので」 
 眉山さんは頷き、「この中から「Puer cattus respice」という本を探してほしい。とりあえず君には十万渡そう。一週間以内に見つけてくれればいい。人手が足りないと思ったらその金で別に人を雇ってもいい」
「何か手掛かりはありますか?」
「この本は、人類以前にこの地球で覇権を得ていた種族が書き残したとされている石板に残された「nekonokomiron」をラテン語に訳したものという」
 眉山さんが何を言っているかちょっとわからなかったが、とりあえず設定を心にとどめた。
「虎が価値ある皮を残すように、読書家は脳を本という形で残す。この本を寄贈した『将軍』について考えてみるといいんじゃないか」
 将軍と呼ばれる好事家がいた。彼は怪奇・伝説・妖怪・幽霊・オカルト・UFO・特撮、様々なものを、フィクション・ノンフィクション問わず愛してていた。
 神保町には毎日のように現れ、古書市があればかかさずでかけ、イベントがあれば参加する。そういう人だった。
 コレクターとしの感覚でそれが貴重と見破ったのか彼は一冊、ほんものを手に入れてしまったのだ。それが「Puer cattus respice」である。
 調べ始めてしばらくすると一匹の白黒ぶちの猫が入ってきた。三年生の南方楠美の飼い猫のちょぼ六だった。
 どうも気に入ったらしく部屋の一角の隅に陣取った。旧校舎は独特の涼しさがあるので、外寄りはましということなのだろう。とりあえず作業を邪魔する事はなさそうなので本の整理を続けた。
 三時間程が経過し、目当ての本が見つかった。思っていた通り古めかしい本だ。
 開いてみると、そこには読めない文字がのたうっている。書物は脳であるといっていた言葉が思い出された。何かが私の口を通して音を発しようとしている。声に出した瞬間は何もなかった。しかし、その後に何か海生の生き物のよう冒涜的なそれが立っていた。
「今、とんでもないことがあったんです。魚みたいな怪物がこの本に襲い掛かってきました」
「インスマス人、ダゴン秘密教団か」
 眉山さんは心当たりがあるようだ。
「人類以前の支配者ってもしかして猫」
 眉山さんは私の声が聞こえないように本の中をじっくり目を通している。
 猫がもしそうなら、これって出前表みたいなものなんじゃないだろうか。そして人間は電話機だ。
 ちょぼ六が見てる事に気付いて、私はその言葉を飲み込んだ。
posted by 作者 at 21:09 | Comment(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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