2012年11月15日

終止符の前に

即効小説トレーニング http://webken.info/live_writing/try.php さんで書いたものに+したもの最初のはこっちhttp://www.movatwi.jp/url/redirect?http://webken.info/live_writing/novel.php?id=13195

 試験でカンニングをすることにした。
 今回の試験はうまくいかなければ留年なのだ。そこで私は考えた結果だ。しかし、普通の手ではうまくいかない。
 そして『一見何かの掲示のように見せかけて、実は英語の答えなのです』作戦がスタートした。 よく教室の前や後ろの壁に貼ってあるプリント。あれをそのままカンニングペーパーにするというプラン。
 これは何代か前の先輩がしたという話を聞いた事があるらしい。ところが、試験の会場は、普通の教室ではなかった。理科室だという。あの色あせた元素表とか貼ってある壁に、新しい掲示のペーパーなんて貼ったらもうだめ。一発でばれる。
 理科室の中を回る。科学部が研究結果を貼ってあるそこに貼るというものだ。 幸い、私も科学部なので、貼る事はできる。しかし、学園祭の時に作られる学校内の産物で作るアイスクリーム実験を除けば、模範的な幽霊部員である私には、展示するような研究結果は何もない。
 あーでもない、こーでもないとわめいていると、部長が尋ねてきた。
「珍しいですね。あなたがこうしているなんて」
「はは。その」
 ああ、これは使える(邪笑)
「部長、私間違ってました。みんなの研究発表を見て私も何かしてみたいです」
 そのまま部長と話しながら、色々と資料を作りだした。勿論、そこには英語も単語や、構文を、きっちり書き込んである。こっそりと分からぬように色々と。
 完璧に仕上げて貼り出して置いた。
 さて試験本番。
 理科室に入ろうとすると先輩が出てきた。手には丸めた模造紙が握られている。
「がんばってね」
「任せてください」
 確認すべく壁を見ると日本人らしい少女と外国人らしい青年の姿。英語のクミとマイク、教科書でシチュエーションの説明をする二人の絵がでかでかとかかれている。 もっとも、その内容はきっちりと、粘菌に関しての話だ。
 あれ。私あんなの書いてないよ
 これもしかしてばれてますか・・・
 先生はこっちを見ている。ぬお、怪しまれている。
 私じゃない。私じゃないよ。
 そう目で訴えながら問題用紙に向かった。とにかく全てを埋めきった。
 試験が終わり、先生と入れ替わりに部長がにこにこしながら入ってくる。
「お疲れ様」
「先輩、酷いですよ。結果を変えるなんて」
「しってたんですか? そのカン・・・」
 先輩の柔らかな手が口をふさぐ。
「掲示物に偽造するのを始めたのは私だからね。それにできたでしょ」
 うなずいた。確かにできていた
「昨日資料作りながら色々と教えてたの気づかなかった? 先生ね、何年も同じ問題なのよ」
「本当ですか」
「科学の基本は観察なの。まあ幽霊部員のあなたには分からないかもしれないけど」
 観察。
 観て察する。
「ところで、実は来年、先輩方が抜けるとね、我が科学部の人数は規定に達しないどころか、存亡の危機なの」
「分かりました。今後はちゃんと部活にも参加しますので、問題の方よろしくお願いします」
 私は初めて、科学部員として先輩を観察した所見を述べた。
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2012年11月13日

則天去私

即効小説トレーニング http://webken.info/live_writing/try.php さんで書いたものに+したもの。
最初のバージョンはこっち  重さは1,425グラム http://webken.info/live_writing/novel.php?id=8855 
書いたのを
なおしたもの。

 先生が亡くなった。翌日には帝国大学医学部解剖室で腑分けされたと聞いて、ぞっとしたがそれだけではなかった。その脳と胃が取り出されて、ホルマリン漬けになって置かれているという話も何でも薄暗いじめじめした所のように思えて気持ち悪い。
 その後、先生の脳の重さを聞いて嘆息した。1,425グラムであったという。普通の人間よりも重いそうだ。あの素晴らしい世界を作り出したのだ。やはり脳の大きさというのはその発想に関わるのだろうか? 
 そう考えると、海豚や鯨、象といった巨大な生き物の脳もまた、先生が残されたような素晴らしい物語を紡ぎ出せるのだろうか。そう考えると我が輩の小さな脳では、何もなしえないと思われる。
 不謹慎だとも思えたが、そう気にし始めると、どうしてもそちらに考えがいってしまうのが、思考というものの不思議だ。 しかし、そうでも考えてなければやってなれなかったのだ。もう先生の大きな手で頭を撫でられる事も、こっそりと舶来のジャムを供に楽しむ事も無い事に。
 
 初七日も過ぎ、先生の気配ももう薄れた気がして、我が輩は縁側でぐったりと横になっていた。天気のよい昼は椽側で寝るのこそ最高であったのに、日溜まりも力を与えてはくれないようだ。
 そんな我が輩の耳に届いたのは悲報だった。帝国大学で標本になっていた脳が持ち出されたという。 その消息は不明であると。
 我が輩は家を飛び出した。先生の脳を探さなくてはいけない。その一念であったのは、もう荼毘にふされ、この世に残る先生の名残のように思えたからだ。
 帝都は広い。まして、証拠らしいものもない。だが、とりつかれたように我が輩は帝都をしらみつぶしにあたった。白い手も黒く汚し、手段を選ばなかった。そんな中でいくつかの話が浮かんできた。
 先生の脳を持ち出したのは植民地風の格好をした異国の女であった。その女の足取りを追う内に、脳は硝子瓶から、金属の筒に移されたようだった。

 女を見つけ出したの奇しくも四十九日目であった。
 池袋には不似合いな洋風な屋敷の中に女はいた。床には何らかの数式を思わせる図形が描かれており、その中央には先生の脳の入った奇妙な紋様の描かれた金属の筒が置かれていた。女は何やら、お経とも和讃ともつかぬ何かを呟いていた。
 金属の筒は、脳の重さを加味すると自分にはもてない重さだろう。しかし、何とかしなくてはならない。
 屋敷の中は奇妙な空気に包まれる。
 この寒さは何なのだ。 如月とはいえ、異様な寒さだった。それは上から感じられた。実際の上ではない上方。上を見ると、星が月が潰されそうな天の重圧。
 
 世界は暗転した。
 気づくと、その上今いままでの所とは違って無暗むやみに明るい。その明るいのが氷によって反射する光のせいであった。毛皮をまとっていても意味がないような寒さ。なんという氷寒地獄。 先程の寒さなど全く問題ではない。必死に動こうとするが体は忽ちのうちに冷えて、氷に縫い付けられたように動けなく。
 何やら奇妙なものが近づいてくる。銀ピかの表面。大きな枡のような身体。手足と思われる機械仕掛けらしいものが見える。機械仕掛けの化け物だ。その化け物に抱き上げられた。もう逃げるだけの体力は無い。借りてきた猫のようだ。
 機械の手が首回りを撫でる。それは懐かしい撫で方。先生の撫で方。
 我が輩は目を開いて化け物を見つめた。化け物の胴には先生の脳の入っていた円筒が綺麗に納まっている。
「お前はどうしてここにきたのだい」
 声こそ違うが懐かしい先生のしゃべり方。
「先生ですか?」
 思わずいうと機械はうなずく。
「するとここはあの世ですか。それなら我が輩の言葉が通じるのも分かる気がします」
「確かにあの世かもしれん。冥界かな。ここはPLUTO。冥王星という太陽系のもっとも端にある星だ」
「冥界っていうには奇妙ですね。全く、閻魔さまも何も人っ子一人いやしない」
 先生の身体に触れているうちに身体に熱が戻ってくる。
「先生、娑婆に戻りましょう。こんな寒いところもう沢山だ」
「一竿風月 閑生計 人釣 白蘋紅蓼間」

 我が輩は気づけば屋敷に一匹残されていた。
 先生がよくいっていた「則天去私」というのはそういう意味だったのかと得心しながら、窓の向こうの空を眺めて冥王星とやらを探したがとんと見当がつかなかった。
「あなたも追いたい?」
 女が立っていた。
 いや、こいつは本当に女なのか? そもそも人なのかも分からない
 ただ、先生がこの先もこの宇宙のどこかで病んだ身体を思わず、過ごしているのなら、この女に礼の一つもするべきかもしれないと思ったが、出てくるのはにゃーという猫なで声だけだった。
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2012年11月11日

East Of Eden

即効小説トレーニング http://webken.info/live_writing/try.php さんで書いたものに+したもの。
最初のバージョンはこっち http://webken.info/live_writing/novel.php?id=4535

 時間が過ぎていくのが分かる。僕はどうしてもその先にいかないといけないのに。どうすればいいのだろうか。

 『EOfE』に出会ったのは。よくあるゲームのつもりだった。iPhoneのアプリをダウンロードし、始める。
 最初は借金を背負わされる。といっても実際の金でなくポイントだ。そのマイナスになっているポイントを様々な行為で減らしていく。
 例えば、様々な場所を巡り、タグ、地域によって置かれているマーカーを集めていく。そうしていくうちに仮想空間の方にも自分の世界ができてくる。
 そこはユーザーにより天国のような世界だ。自分で作る世界。それを好きなもので、満たしていくのが楽しい。
 そうして楽しんでいるうちに知りあいができてきた。
 暇をもてあました主婦、疲れ切ったおっさん、大麻が好きで海外にちょくちょくいっている地下アイドル、進学校に通う高校生。田舎から出たいと嘆く地方公務員。
 ちょっと名前だけ分かっているやつもいた。
 知り合いや、顔見知りはひっきりなしに、現れては消えていく。
 ちょうど大きなプロジェクトに関わったせいで僕は『EOfE』から離れた。
 日常もしっかりこなせばそんなに悪いものでは無い。トラブルに巻き込まれるのもイベントの一つだし、嫌な奴に頭を下げるのもスキルを習得し居ているのだと思えば悪くない。現実も一つのゲームみたいなものだ。そして自分の力ですら大きなものを動かしていくのも分かるのもいい。一部であり、同時に全体に似た、相似形だから。
 プロジェクトが終わり、久しぶりに『EOfE』を開いた。確認すると前までいた知りあいは殆どいなくなっていた。この手のモバゲーにととっては珍しいことじゃなない。システム的には、みんな似ているから、完全に辞めるのは難しくとも、あっさり新しいものに移っていく人間も多いから。
 開くと声をかけてきたのは地下アイドルのコだった。アイテムが欲しいという。少し意地悪く『え、これは貴重品だから』。そういうと、彼女がいってきたのは、いくらほしいか?という言葉だった。あまりに真剣だったので、彼女に譲った。アプリに奇妙な画面が現れた。そこは楽園だった。自分のでは無い、彼女がほしがっていた楽園。
 上方か、下方かは分からない。彼女はどこかの世界にシフトしたのだ。
 『EOfE』、East Of Eden、聖書に約束されたエデンの東にある楽園。
 自分が取り残されたのは本能的にわかった。 彼女は自分の作った世界にいったのだ。
 僕は・・・・
 エデンの向こうには、もういけない。東の地に僕はいない。
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2012年05月28日

大佐


 帰宅したゲイス・Sが違和を感じたのは、家の門を見た瞬間だった。
 父親の出入り以外、しめられているはずの門は開け放たれている。門をくぐり中に入ると、異変が生じているのは明らかだ。
 ゲイスが丹精を込めて育てた前庭の花は、嵐でも来たかのように荒らされている。しかし、今日は晴天、この花を荒らしたのは人のように思えた。
「父さん」
 家のドアも、ロックされてなかったようであっさりと開いた。
 玄関では父が倒れていた。大きな外傷はない。
「父さん」
 助け起こすと、父は目を開けた。しかし、その目が何もとらえてないように思える。
「父さん」
 父の体が力なく崩れ、その懐からいくつもの瓶詰めが転がった。
「父さん、父さん」

 父は衰弱していた。
 長年病で伏していたのかと医者に尋ねられたが、そんなことはなかった。母が療養の為に、郊外で暮らすようになってから、街で親子二人の暮らしではあったが、習慣故か、しっかりとしたものだった。
 しかし、今父は衰弱し、目覚める事は無かった。
 何か恨みを受けるような事があったのかと尋ねられたが、代々教師の家柄で父親もまた教鞭をとっている。
 ゲイスもまた疲れを感じながら、自宅に戻る事にした。
 慌てて出たせいで家の門は開け放たれたままだ。
 それはいい。家の中には明かりがついていた。いつも家の中を照らすランタンの暖かい光ではなく、青白いどこか冷たく感じる光だ。
 誰か居るのだ。
 父をこのようにした犯人だ。そう直感したゲイスは、何か武器になるものを探したが、目についたのは、庭仕事用のシャベルくらいだ。それでも、素手よりは心強い。
 シャベルを手に入り込む。
 部屋の中は昼間父が倒れた時と変わらない。それを除けば変わらない。
 ゲイスはゆっくりと中に向かい歩んだ。耳を澄まし、目をこらす。しかし、闇の中、何の気配もない。
「いるのは分かっている。父さんをあんなにした奴なら出てこい」
 答えるものはない。ただ、青白い光が灯った。
 光を前にしているせいで姿は見えないが、随分小柄なように思えた。
「博士の容態はいかがだい」
 若い女、少女といってもいい声だった。
「盗っ人猛々しいな」
「まあ、空き巣なのは否定しない。勝手に留守の間に上がり込んで物取りをする始末だ」
「お前何者だ?」
「答えてもいいが、その前に教えて欲しい事がある。博士は瓶を持っていなかったかな」
 昼間拾った瓶が思い出された。
「知らない」
「間というのは、雄弁なものでね。君は少しも考えるそぶりをしなかった。瓶といっても沢山ある。色や、形、大きさ、中身。しかし、君は悩む事もなかった。君は瓶の所在を知っているということだ。どこにある?」
 ゲイスは奥歯を嚼んだ。
 どちらにせよ取引の材料はこちらにある。
「どうして気にしてるんだ?」
「大切なものだからね。君はあまり人を誘導するのは得意じゃ無いね」
「どっちにしたって、お前の欲しい物を持っているのはこっちだ」
「聞き出すにはいくらでも手があるんだが、事を荒立てたくないんだ」
 少女はしばらく腕を組んで、「サトリというのを知っているかい」
 ゲイスは答え無かった。
 しかし、脳裏にはその逸話をしっかり思い出していた。
「正解だよ。自分はアヤカシの類いでね、君が持っているのは分かった。あれを渡して欲しい。そうしなければ危険な目に遭うよ」
「父をああしておいてその言いぐさか」
 ゲイスは床を蹴った。大きな部屋とはいえ、簡単に捕まえられる距離のはずだった。だが、少女はそこが社交の場のように優雅に交わして、窓枠に飛び乗る。
 銃声が響いた。少女の体が
 それはゲイスの背後から聞こえた。
 紳士らしい格好をした男だが、その手に構えられた自動式の拳銃は異質だった。
 ゲイスの脇を抜け、男は窓に近づいた。男はゲイスを一瞥すると、窓から外に飛び出した。ゲイスも男を追い外に出る。少女の姿は無い。
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2012年02月18日

断じて 大佐 ではない








 紙芝居層、貸本層に出現した「墓場」のちに「GGG」と称される「KT」が、戯書層、電視層へと広がり、様々な国家は一つの概念によってまとめられた。後に「妖怪はmizkiにより生まれた」といわしめた、一連の流れが、世界の隅々に浸透してから、数十年の歳月が流れ去っていた。
  世界を暫定統治する、かの不死鳥の元で、世界は繁栄を謳歌していた。しかし、そうした繁栄の影の中から、長い歴史の闇がちろちろと舌を出しているのを多くのものは知らなかった。


 グロー・Mが、鉄道の旅に出たのはちょっとした気まぐれだった。 時はa-m90年、世界を挙げての祝祭が行われようとしている年だった。
 深夜、伯林の大停車場。
 駅の中で、グロー・Mは目を引いた。大陸横断鉄道には多くのを乗客がいる中で、そう思わせるのは古めかしく思える帝国様の服装のせいだ。その視線に気づかない程、グローは興奮していた。
 様々な国をほぼ一直線に突きぬける鉄道は、光溢れる伯林を出発し、肥沃な野を抜け、かの南アルプスを越え、遙か極東の地に至る。
 言葉にすれば簡単だが、その距離を旅すると決めてから、グローは酔うような感覚を味わっていた。体がほてり、駆け出したいような衝動というのか。
 そのせいで、出発時間まで随分あるのに、こうして大停車場まできてしまったのだ。
 こんなのは自分らしくない。幼い頃から、生活の一部になっている教えが自制と共によみがえってくる。
 落ち着こうと息を深呼吸した時に自分に向けられている視線に気づいた。落ち着くどころか顔が熱くなるのが分かった。
 グローは早足に思われない程度の早さでその場を後にした。
 発着所から離れ、大停車場の中を歩く。店が並び、いつもなら人がたくさんいると思われたが、深夜という時刻のせいか、ひっそりと静まりかえっていた。
 一人になって落ち着いてみれば、確かに友人達から、旅の門出に送られたこの服は確かに悪目立ちする類いの者だ。
 等間隔に並んだ照明灯は長い道の中で、遠近感が狂いそうになっているのが見える。その認識の果てのように思える所から誰かが走ってくる。
 軽やかな足音はどこか楽しんでいるようにも思えるが、その早さがおかしいものであるのに気づいた。そう思った瞬間、衝撃があって、グローは倒れていた。
「ごめん、見えなかった」
 どこかぶっきらぼうな口調で少女は言った。グローは立ち上がり、少女の顔を見る。
「口がきけないのか?」
 グローは首を横に振った。
「いや、そんな事は無いよ」
「そうか。ぼんやりしてると瓶に詰められるぞ」
 そういうと少女は背を向けて走って行く。
 半ば呆然と見送っていたが、 停車場の時鐘が響くのが聞こえる。
「まずい」
 グローは駆け出した。

 鉄道は一等客席だった。個室になった客室は、曲線を多用した当世風な装飾が施されている。狭いながらも、寝台が二つ。小さいながらも備えつけの机。その上にはホーロー引きの水差しとコップが置かれている。寝台の下に荷物を押し込んで、腰を下ろした。
 長い旅になるという親の配慮が素直にありがたい。乗る前に見た他の客室は、祭礼の日の教会のように混み、とても耐えられないように思えた。何より一等客室の乗客を待つ優待がなければ、乗り遅れていた。
 グローは自分が最後の乗客だと思っていたが、そうではなく、まだ鉄道は出発しないようだ。
 窓から最後の客と思われる夫婦が来るのが見える。二人とも植民地風の軽快な服を身につけていた。紳士は初老の男で銀髪が目立つ。その背はまっすぐ伸びていて、どこか教会の牧師を思い起こさせた。婦人は顔を伏せがちにしていて、宝飾らしいものは首飾りのみだ。夫婦と思ったが親子でもおかしくない気がした。
 二人が鉄道に乗り込み、グローは目を離した。
 懐から冊子を取り出した。それは小さな冊子ではあるが、中は地図が描かれている。様々な怪物が描かれる地図は、古めかしいもので実用品というよりは装飾品に近い。これは同じ名を持った祖父が若かりし頃に使っていたものだという。この地図を幼少の頃に眺めていなければ旅に出ることは無かったろう。友人達がそれを知って同じ頃に祖父が着ていたであろう、帝国様の服装にしたことに思い至った。
 友人達の顔を思い浮かべながら、停車場の向こうに広がる伯林を思いだした。
「発車はまかりならん」
 そんな声が聞こえたような気がして、グローは目をこらした。
 堅い足音が聞こえてくる。停車場の奥の暗がりから走ってくる数人の黒ずくめ男。
 男達は軍服に身を包み、腰には銃のホルスターが見える。機敏な動きは、グローの見たことがないものだ。
 男達の鋭い目が向けられ、グローは息を飲んだ。
 発車のベルが鳴り、鉄道が動き始めた。
「大佐を逃すな」
 声は遠ざかる。
posted by 作者 at 23:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

玄鷹風雲


「参ったな。迷っちゃったよ」
 玄鷹さまの呟きが闇の中に広がってまいります。
 周りには物音なく人の姿も無く、当然答えるものもございません。
 普通のお子でしたら、ここで泣くなりするのでしょうが、玄鷹様の顔には怯みといったものは見受けられません。それも当然かもしれません。都において呪儀を取り扱う北家に生まれ、十にならぬ身で若長と呼ばれ、また『北魔』なる二つ名を持っておいでなのですから。
 そうは言っても冷たく湿り気を孕んだ風が吹いてまいります。玄鷹様は休む場所を探し始めました。いつもなら方違いの術を用いて、道を探すところでございますが、ここでは玄鷹様は使わずにおきましたのは無駄ということがお分かり故でしょう。
 そうここは樹海と呼ばれる呪われた地なのでございます。
 呪われた地と申しますのは、凶暴な獣があり、人の行く手を阻むと言われますが、その呪いの正体は心を狂わす何かなのです。術は身口意によりになります。意は心の力に他なりません。その危険を少しでも避けようというのでしょう。
 玄鷹さまは樹の一本の根元に座られました。寒さのため小さく鼻をすすった時でございます。人の声が樹海の奥より聞こえて参りました。
 それは悲鳴のようでございました。逸る私でございますが、玄鷹さまのお許しがなければ一歩も歩けない身。玄鷹さまの方は思案の中でございます。
「どうしよっかな〜」
 私が玄鷹さまの身を揺すると、仕方ないと思われたのか立ち上がられました。
「分かったよ」
 一度動き出せば雷のように早く、玄鷹さまは声の聞こえた場に来られておいででした。
鬱蒼と茂った木々が途切れ、草原が広がっております。下生えの草の中、一人の童女が声を上げながら逃げようとしておりました。
 年端十あまりで、玄鷹さまよりやや年嵩のようでございます。それに圧し掛かるように大きな獣が降りました。
 青い牛のようなもので、確か人食いの妖獣でした。
「犀渠」
 玄鷹さまの口から名が漏れます。
 犀渠の体がびくりと動きました。それも当然の事。名を明かされるのはあやかしだけでなく全てのものが嫌います。名は体を現す。その言葉は真実なのです。
 玄鷹さまに向かい犀渠は鋭い目で睨みつけます。玄鷹さまの力量を測っているようです。犀渠にとっては当然の事でしょう。名を明かされたもののできることは二つだけでございます。素直に従うか、より呪で縛られる前に殺すかです。
 犀渠は玄鷹さまに飛び込んできました。
「雫針」
 私だけが聞こえるような小さな声で玄鷹さまが呟かれました。
 玄鷹さまは避けもしなかったものの攻めは外れ、犀渠は樹の一本に飛び込んでいきました。
 眠りを乱され飛ぶ上がる鳥たちを見ながら玄鷹さまは呑気に「あ〜あ」と呟いております。
 犀渠はそのまま黒い塵のようになると消えていきました。
 玄鷹さまの唱えた言葉。それは導術といわれる術を成すものでございました。水の雫が鋭利な針と化し、玄鷹さまの命に従って敵を攻めるのです。恐らく犀渠は目をやられたのございましょう。こうした些か外道よりに術を扱う事から、玄鷹さまは『北魔』と呼ばれるのでございます。
「ねえ、君歩ける?」
 童女は震えながら立ち上がろうとしましたがよろけます。素早く玄鷹さまは手を貸します。
「あのさ、こんな夜に出歩くのはどうかと思うよ。だってさ、僕だってあやかしかもしれないよ」
 確かにこのような夜中。都人の好むような漆黒の装束を纏い、見目麗しい玄鷹さまの姿を見れば、狐狸の類が化けてきたとも思えましょう。
 童女は頭を下げました。
「ありがとう」
 そう素直に言われると玄鷹さまは困ってしまう性質なのです。ひねくれている、いいえ、長である玄哉さまの下、幼い時より大人に立ち混じって働いていたため、気持ちが素直ではないのです。
「どういたしまして」
「あなたもお母さんを探しているの?」
 童女の言葉に玄鷹さまは目を細められました。
「ちょっと興味あるね」


 村はずれの神社。住む人も祈る人もないせいか、荒れている。
 祭る宮司もいないせいで普通の神社からすれば汚いが、それでも近在のものが集まって世話をしているので、そこは格好の子供の遊び場所となっていた。
 今日も数人の子供たちの姿があった。豊かそうな格好をしたものも、貧しいなりをしたものもいるが、子供たちは概ね笑顔だった。
「そろそろ飯の支度するぞ戻ってこう」
「太助、いつまでぼんやりしてんだい」
 大人たちの声だ。
 夕焼け空には烏が鳴き始め、子供の時間は終わる。
「じゃあね」
「また明日」
「うん、また」
 最後に残った影。それは妙だった。
 妙は夕焼けに向かって消えていくように見える子供たちの姿を見ていた。
 涙が零れてきた。必死に上を向き、目を閉じる。それでも耐え切れなかった涙が妙の頬を伝わった。
 妙には家族はいなかった。
 その涙に濡れた瞼が暖かな手でふさがれる。
「誰だ?」
「雉ねえちゃん?」
「あたり」
 雉は妙の村の長者の姪で、最近この村に来たそうで仲のいい人がいないようで、よく子供たちを構ってくれる。
「どうしたの?」
「あ、なんでもないの」
「お姉ちゃんに話して」
 妙は少しだけためらった。効いて欲しいと思う反面、笑われると思ったのだ。
「どうして私にはお母さんがいないのかなって思って」
 悩んだ末に出した声が大きかった。
「お母さんはいるよ」
 雉の言葉に妙は目を輝かす。
「どこに?」
「どこっていえないけど、木の又や、石の中から生まれるわけじゃないから」
「そうだね」
 雉のいう当たり前の言葉に妙は笑った。
「そう妙ちゃんは笑っていたほうがいいよ」
 雉は言った。
「私もお母さんがいないから会いたいって悲しくなる時もある。でもね、しょうがないんだよ」
「しょうがない?」
「死んでしまったかもしれないし、元気でもすごく遠くにいるかもしれいし、きっと訳があるんだよ
 雉は妙にではなく自分に言い聞かせているようだった。
「じゃあ、帰ろうか」
 妙が大きく頷くと雉は手を差し出した。二人はしっかり手をつないて歩き始めた。


「あのさ、それがどこでお母さんを探しに来たって話に通じるか分からないんだけど」
 玄鷹さまはいかにも眠いといった顔で申されました。
 正直、妙殿の話の行方を気になっていた身からすれば、一言文句があるところでございますが、何も言えず玄鷹さまの言葉を待ちました。
「興味はあるけど、あまり長くは待てないよ」
「それでそれから何日かしておとうにお酒を買いにいくようにいわれたの。もう月夜で嫌だったんだけど」
 玄鷹さまは目で促しました。
「そしたら長者さんの家から雉さんが出てきたの。長者さんの坊ちゃんと一緒に」
「それで口止めされたんだ」
「どうして分かるの?」
「いや、普通に考えれば・・・」
 そう言って玄鷹さまは一瞬口篭もりました。恐らくこう言いたかったのでしょう。
『本当は姪なんていうのは嘘っぱちでさ、長者のコレで、馬鹿息子が誘惑されて駆け落ちでもしたんじゃない』
「あ、話続けて」
「うん。それでね、雉さんに何してるの聞いたらお母さんに会いに行くって言ってたの」
「おかしいと思わなかった?」
「思ったよ。だって二人はいとこだからお母さん違うでしょ。だから、どうして二人で行くのって聞いたの」
「そしたら『二人のお母さんがいるんだ』って答えたわけだ」
「すごい」
 普通なら当てこすられていると分かるところですが妙殿は本気のようなので玄鷹さまも何もいえないようでした。
「でもこんな時間に歩くのはどうかと思うよ」
「呼ばれたの」
「誰に?」
「雉ねえさんに」
「へえ。そう」
 玄鷹さまは妙殿の髪に手を伸ばしました。
「ゴミついてる」
「ありがと」
 玄鷹さまは木々の間の闇を見つめました。
「じゃあ、お母さん探しに行こうか 」


 玄鷹さまはいつもは見せないような奇妙な表情を浮かべておられます。わずかに高じておられるようです。それも当然の事かも知れません。
「声が聞こえた」
 不意に妙さまはそうおっしゃいますと走りはじめました。
 玄鷹さまは僅かに後ろに下がり妙さまが走るのを追います。
 十分ほど走ったでしょうか。霧が出てまいりました。ただ、その霧は身に張り付くようでございます。そして常のものとは違う粘りつくような心地でございます。
 すぐ前にいるはずの妙殿の姿は時折見えなくなるほどの濃さでございます。
 玄鷹さまは、手を伸ばして、妙さまを無理やりに止めました。
「待て」
「だって雉ねえさんが呼んでる」
「そう。ならいいや」
 玄鷹さまは手を離すと妙殿は走り始めました。
 気付くと随分と足元がぬかるんできました。そう、そこはもう沼地といっていいほどのところです。
 霧が晴れはじめます。それに反して妖しい気配が濃厚になってまいります。
 沼でございました。
「お母さん」
 妙殿がどなたかと抱擁されておいでです。妙殿とその女性は半ば水に沈んでおられます。しかし、星の明かりが、お二人を照らすのは美しい一枚の絵のようでございました。
「きたね」
 玄鷹さまは呟かれました。
 妙殿の母上と申す女がこちらを見ます。
 その目に会ったとき感じたのは思慕でございました。幼い日の母のぬくもり。それが背中を駆け抜けていきます。
 我が母はこの世にいるわけはありません。そしてそれが妙殿の母上と同人であるわけも。
 しかし、そのような思案を無視して体が前にいこうとするのを止める事はできませんでした。そう水の音がしました。玄鷹さまもゆっくりと沼に身を進ませたのです。



「さあ、おいでなさい」
 玄鷹さまは音を立てながら沼の中に入られておきます。
 その玄鷹さまの足並みが随分と遅く感じられるのはわたしの気が急いているせいでしょう。このような思いを感じるのは。
 妙殿に続き玄鷹さまもその手に懐かれます。
 それは安楽でありました。
 幼い日に知りながら解ることなかった安息。それが年を経た今だからこそ分かる完全な世界。
 妙殿は幸せそうな笑みを浮かべながら母上に抱きついておいでです。そうしているうちに妙殿はもたれるように眠ってしまいました。
 手を玄鷹さまは上げました。水が手に招かれるように沼から弾けるように飛びます。
 手は切り裂かれ水の中に落ちます。玄鷹さまは妙殿を小脇に抱えますと一気に沼地から抜けます。
 母であったものは自分の手が落ちながらもなお笑みを浮かべております。
「その姿だとやりにくいんだけど」
 玄鷹さまは印を結ばれました。その口から御句が唱えられます。
「水竜哮」
 玄鷹さまの前に大きな水の塊が生じ、竜に転じますと、一気に襲い掛かりました。しかし水は沼の水に止められ砕け消えます。
「はあ。同じ水か」
 玄鷹さまはため息をつかれました。
 玄鷹さまは北家。五行において北は水。北家の業は水を扱うものでございます。水同士ならば勝負がつかぬのは道理でございましょう。
「坊やいいかげんになさい」
 そう声を上げると水が玄鷹さまに襲い掛かります。しなる鞭のような水は玄鷹さまを襲います。
 玄鷹さまは水で大きく傷つけられる事はありませんが、それが続けば、まだ幼い玄鷹さまでは力が続かなくなるのは目に見えております。
 それは玄鷹さまの方こそがもっともよくわかっておいでです。その顔には少しづつ焦りが見えておいでです。
 ついに大きく玄鷹さまの肩は切り裂かれ、血が地面を濡らします。
 沼地の水は術に使われ、既にほとんど失せております。先ほどまで人の姿をなしていた母は水に隠れていた半身を見せております。その半身は人ではなく、大きな泥か岩のようなものになる人ではございませんでした。その側には二つの躯が見えます。
 玄鷹さまは崩れそうになり体を堪えながらを見ました。
「いける?」
 その目にわたしは答えました。
「問題なく」



 玄鷹さまは私を鞘から抜き放ちました。
 五行刀白虎。それが私の名でございます。
 久方ぶりに身が外に出ると気が流れ込んでくるのが解ります。
「白虎を以って西門を開く」
 玄鷹さまの気が本来の水から私の持つ金の気に変わってまいります。見るものが見れば玄鷹さまの持つ気の色が水をあらわす黒から金をあらわす白に変わるのを見る事ができるでしょう。
「虎刹跋扈」
 玄鷹さまの身体は白熱した塊と化していきます。
 一瞬後、岩のようだった女の根元は砕けております。もう水を操る力もないのか女は少しずつ小さくなっていきます。
 玄鷹さまは女の側に立ちました。
 まだ人の形をしたそれは穏やかな笑みを浮かべながら玄鷹さまを招きます。
 玄鷹さまは動かずにおいでです。そうしておられると玄鷹さまから気が流れだしていくのが見えます。先ほどの妙さまもそうだったのかもしれません。この妖は人の気を食べるのです。
「もういいよぬくもりは」
 玄鷹さまは私を用い女の胸を一突きにいたしました。血は流れません。
「ぼうや」
 女の姿は消え去り、残るのはただの手の平におさまるほどの石でございます。その石は玄鷹さまの手の中で蠢くようでございます。
「渾沌の琥珀か」
 玄鷹さまは石を握られますと封印をかけ、懐にいれます。
 渾沌の琥珀は、人の意思に応じて姿を変えるともうします。恐らく妙さまの探しておられた雉殿の母という言葉と意思に応じて姿は変えたのでしょう。
 玄鷹さまは妙殿を背負うと困ったように回りを見ました。
「こっちよ」
 背中の妙殿の声に玄鷹さまは頷かれました。
               ◆
 朝でございます。
 樹海から抜け、道が交わる辻に着きます。
 妙殿は笑いました。玄鷹さまは動きを止められます。
「やっぱり村はいいわ」
「どうして死霊になってこの娘を呼んだの」
「解っていたのね」
「北家は死を司る家でね。死には敏感なんだ」
「お母さんを知る人は、わたしのお母さんへの思いを集めてしまったあの妖から逃れる事はできない。母親を知らない妙ならもしかしてと思ったのだけれど」
「それはいい判断だったよ」
玄鷹さまは妙殿に憑いた雉殿を見ました。
「自分で離れるならいいし、離れないなら」
 妙は玄鷹を抱きしめた。玄鷹さまはそのまま動かなくなりました。
「いつかあなたもお母さんと会えるといいね」
 妙は玄鷹さまを突き飛ばされました。
 玄鷹さまはぼんやりと妙殿を見ておいでです。もう雉殿はどこかに逝かれたのでししょう。そこにいるのは妙殿でございました。
 玄鷹さまはきょとんとしたまま妙殿を見ておいででしたが、やがてこらえきれなくなって笑い始めました。
 ただ、その笑みが心なしか寂しげに思えたのは私だけでございましょうか。

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2011年11月11日

デザフェス34 田中良平さんと式水下流さんのブース C-174,175 「田中良平・式」さんでお待ちしてます

 氷泉さんの絵が素敵すぎて、自分用に作ってみたトートバックが好評だったので、いくつか作って見ました。

 土曜日から国際展示場で行われますデザフェス34 田中白澤トートバックなど出します良平さんと式水下流さんのブース C-174,175 「田中良平・式」さんの一角を借りて初蔵出しする予定です。



livepreview.jpg


bagu1.jpg
ボールペンとセットになります。


 あと大の方は作っている会社のフェアでこの値段にしているので、今後は造らないと思いますのでよろしければどうぞ。


 デザフェス34 田中良平さんと式水下流さんのブース C-174,175 「田中良平・式」さんでお待ちしてます 

 トートバック大       1000円
 トートバック小+ボールペン 1000円
 ボールペン          300円
 絵葉書              無料
 掌編册子ある夏の話        無料

 
生まれてはじめての同人紙も配布する予定ですのでよろしければ
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2011年11月07日

雪華花洛



 身分を隠し、領土を視察していた昴国の太守が、道中一人の青年に出会ったのは、寒波が大陸を襲った年の事であった。
 幸い寒波は昴国まで至る事はないようだが、田畑はいつもより多く霜がかかっている。収穫には響かぬようで太守は安堵の息を吐いていた
 そんな中、民に混じり、昴国には珍しい蒼い瞳の青年がおり、思わず声をかけた。
 青年は名を北家辰己といい、花洛の私塾で学んでいたが、寒波で先生が具合を悪くし、塾を畳むことしたので、旅をしているのだという。
 花洛は千里あまり離れた遠地であり、太守の甥も住んでいた事もあり、興味を持って話しかけた。
 青年が何を学んだかと問うと経世の学であるという。昴国で出世を願えば、経世などではなく、儀礼や法令、文章といったものであるから、太守は不思議に思い尋ねた。
「どうしてそのようなものを学ばれるか。栄達されたいのなら、そのようなものを学ばれても、試験にはうからぬし、故郷に錦を飾るのも難しかろう」
 青年は少し考え込むと、
「そういう事は考えた事はありませんでした。ただ、どうせ学ぶなら、人の為になることがいいと思ったのです」
 太守は青年に道行く草原を見ながら尋ねた。
「この草原を拓こうと思うのだがどうだろう」
「この地は草があって、それが根を張ることで土を固めています。耕すのは向かないかと」
「では鉄をとるのはどうだろう」
「この地では、鉄のたぐいは無理かと思います。もし、何か殖産をされたいのでしたら、牧畜がよいかと」
 そのような会話がいくつもあり、青年の博覧な事を知った太守は大いに気に入り、仕官する気はないか誘ったが、あまり乗り気ではないないらしく、首を縦には振らなかった。
「では、しばらく我が家に滞在するのはどうだろうか」
「それなら。あの犬もいるのですが構いませんか」
「ああ、構わんよ」
 青年は食客として、太守の屋敷に住む事になった。
「姓名を聞いていいだろうか」
「北家辰己ともうします」
 辰己は、昼間は与えられた一室に居ることが少なく、犬の相手をしているか、庭の一角を借り、鉢植えにした草花を育てていた。様々な種類で、ほとんど見慣れぬものだった。美しいものも多かったが地面に這いつくばるように咲く花、赤子のような身をつける木、見ていると懐かしい人を思い出す草。
辰己は鉢植えが育つと、どこかに持って行き、同じ草花があることはなかった。
 しかし、夜ともなれば、太守や、同じような食客が尋ねると歓談し、その際には珍しい茶や酒を振る舞うなど吝嗇ではなかったので、誰にでも懐かれた。
 そんな辰己の居室には、書物と寝具だけが置かれ、無用のものは何も無かった。
 季節は冬が終わり春にかかろうとしていた。
 取っ替え引っ替えだった草木は、いつの間にか幾つかの種類に定まっていた。
 彼は頻繁に出かけるようになり、屋敷には週に一日二日いる程度になってしまった。
 ある日、太守のもとに、甥が訪れ、宴席が開かれた。
 甥は、辰己を見ると、驚きを隠さなかった。
「浄眼児」
 太守は驚きの理由を尋ねようとしたが、様々な客に、甥を紹介するのに忙しく、宴席で尋ねる事は出来なかった。
 夜になり、太守は甥と二人になったので、驚いた理由を尋ねた。
「花洛で何度か見たのです」
「彼は半年あまり食客としてここにいる」
「本当ですか」
「ただ、その話は興味がある」
 甥は話し始めた。

 花洛の寒波は叔父上もご存知と思います。あれはひとつの祟りによるものだと、街に住むものは申しております。
 花洛は街ができた時から、一柱の神がいるといいます。それは石神で、一見、ただの石に見えるといいます。
 ただ、その石神は毎年、街の中で場所を変えるのです。誰かが運ぶのではありません。季節が移り変わるように、石神は、様々な石を渡り歩くのです。
 花洛は、名の如く、花の多い街ですが、その花は石神に対する捧げ物だといいます。花がある限り、神は満足していると。
 寒波の訪れた日、石神のある屋敷で女が殺されました。血で汚された事に起こった石神が寒波を起こしたというのです。加えて寒波によって花は枯れ、ますます広がりました。
 その頃から、花洛で鉢植えの花を配る男がおりました。
『浄眼児』と呼ばれました。青とも緑ともつかない不可思議な瞳。それが彼なのです。その花で石神が怒りを沈めたように寒波は終わり、私は花洛を出て、昴に戻ってきたのです。
 太守にとり甥の話は合点がいくところと、いかぬ所があった。
 鉢植えの減る理由と、最近まで花洛にいたということだ。花洛から昴国まで千里あまり。どう馬を飛ばしても、一月近くはかかるはずだ。辰己はよく外出していたが、そんなに長く姿が見えないことは無かった。
 太守は、辰己の室を訪れた。
 辰己は眠っておらず太守がくるのを待っていたようだった。どう切り出したらいいかと思う太守に向かい辰己は自ら口を開いた。
「私は天幇の一員です」
 天幇とは、仙術、不可思議な術を操るものの一派であるのを太守は知っていた。だが、実際眼にする事は初めてだ。それなら一日千里あまり駆けるのも、仙術と思えば納得ができる。
「花洛では執行として、男を見張っていました。男の名は紗見耕法、花洛の西に広がる竜沙に住む紗族の出身の祭司です。耕法は花洛の一角にある屋敷に住み、精霊の秘儀に関わる試みを日夜行っていました」
「それが寒波を起こした本当の原因なのかね」
 頷く辰己に、太守はうすら寒いものを覚えた。そのような男が一人だけで、国を揺るがすかもしれぬものを災厄を招いた事に。ただ、それを止めようとした天幇の執行もまた同じくらい恐ろしい。天幇のものが城一つを壊して見せたり、湖一つを消したという話も耳にしていた。
 太守は辰己の眼に、心の揺れを見た。それは辰己がついぞ見せた事がない、人間らしい顔だった。その顔は太守に落ち着きを取り戻させた。
「私は君よりずいぶん年長だ。よければ話してみないかね。それで迷わずに済むことができるようになるかもしれぬ」

















 北家辰己は紗見耕法の屋敷の監視を続けてひと月あまりが過ぎた。屋敷の生垣の隙間から白い犬が飛び出してきた。
 微笑ましく見ていると、「まって」と声があがった。犬に遅れ、屋敷の門から一人の少女が追いかけてくる。
 竜沙の人間らしい数多の色で飾られた薄手の衣装。鮮やかだがそれは真冬に着るには少し寒そうだった。少女は子犬を抱き上げると何かから逃げるように静かに走り始めた。
 不思議と少女の白い頬は走っても走っても赤みを増す事は無かった。
 屋敷を監視しなくてはいけないものの、気になった辰己は少女を追いかけていった。
 少し離れた路地裏で少女は歩みを止め、置かれたかがり火花の鉢植えを見ていた。そして一度だけ屋敷の方を見てから違うほうに向かい歩き出したが、すぐに蹲まってしまう。
 吐く息の白さが穏やかさを失って荒くなる。
 辰己は思わず少女に歩みよった。少女は足音に気付いたのか辰己の方を見た。
 役目を逸脱している。そう思っても辰己の眼は少女に引き寄せられていた。
 どこか遠くを見ているような瞳があった。それは人を不安にさせる目の輝きだった。目を離している間に消えてしまいそうな輝き。
「しっかりしてください」
 少女は辰己を見ると、立ち上がり笑窪を見せて笑ったが、蒼白で辰己を却って不安にさせた。
「経世塾の北家辰己といいます。どこの奥向きかは存じませんが、もしよろしければお送りします」
 名乗った塾の名は花洛で一、二を争う有名な私塾で、良家の子息が多く通っている。辰己の言葉に少女は少し考えたようだった。
「紗見曜ともうします」
 紗見曜を抱き上げた。肉の薄い軽い体だったが、熱は高い。
 屋敷に向かうと、侍女が探しに出ている。
「よろしくおねがいします」
 侍女に託し、帰ろうとした辰己を侍女は引き止めた、そのまま客間に通された。
 逸脱も甚だしい。そう思いながらも辰己は覚悟を決めて、部屋の中を見回した。
 部屋の中は飾り気がないというか質素で、花を飾るのを生きがいとしている花洛の家にしては珍しいものだった。まして竜沙の民は、草花を喜ぶという話を聞いたことがあった。
「待たせたかな」
 客間の扉が開き、一人の男が入ってくる。


 曜が着ていたのと同じ竜沙の民の衣装をまとった様は、男にしては華やかだ。顔は目鼻立ちがはっきりしており、精霊の秘儀を司る人間というよりは、族長のような風格がある。
 辰己は立ち上がると、文士らしく胸に手をあてて一礼した。
「妹が世話になった。私は紗見耕法。竜沙の紗族のものだ」
「北家辰己ともうします」
「その姓からすると異国の人間かね?」
「はい。こちらの経世塾に留学して学んでおります」
「お互いに異人というわけだ。」
 耕法は笑った。
「妹は身体が弱くてね。哉、あの子犬ばかりが相手で。それで自分の身体の事も考えず、外に追いかけて行ってしまったのだろう」
 耕法は鷹揚に笑った。
「手短な礼ですまんが、仕事の途中で。今、繊細な所なので直ぐに戻らなくてはならない」
「耕法さまはどんな仕事を。もしかしたら、手伝える事があるかもしれません」
「秘密だ。まだ本当に途中だからな。だが、成功すれば多くの民が救われるはずだ」
 耕法のまなざしは真摯だった。
「それはすばらしいですね。己の学ぶ経世塾の教えもそうです。」
「経世済民だな。小利を考えるよりも、大きな幸福の為に全ての術はある」
 辰己は強く頷いた。それは辰己自身も常に感じている事だ。
 天幇は救える力を持ちながら飢饉や洪水の時でも力を出すことはない。天幇が執行人を介入させるのは術の乱用がされたときだけだ。だが、進んで善を行う事もない。言うなれば善用も悪用も天幇の法からすれば同じということだ。
「心配事か?」
 考え込む辰己に、耕法は淡い微笑を浮かべながら見つめた。
「もしよければ妹に会いに来てやってくれないか?」
「己でよければ」
 辰己の答えに耕法は大きく笑った。
「そうか。任せたぞ」
 街を歩く足は軽かった。
 紗見耕法はよい人物であるように思えた。見張るという事にくさくさしていた事もあるだろう。
 任からすれば正直なところ誤っているのも分かっている。それでも過ちを犯した事よりも、見張るという行為から外れたせいで辰己の心は軽かった。




 辰己が屋敷を再訪したのは三日後の事であった。
 今回は紗見曜の部屋に通された。屋敷の中は何の暖もないように肌寒かったが、二階にある曜の部屋はさらに寒かった。暖炉で燃える火があるというのにそれはただあるだけでまったく部屋の暖かさに関与していないようであった。
 哉だけが元気よく床を走り回っているだけで中は静かだ。
 寝台で身体を起こし、曜は辰己を見つめた。
「すいません。寒いでしょ。私、精霊の祝福を受けていて冷たいのです」
 呪いではないかと思ったが、竜沙のような砂漠ならそれは祝福といっていいだろう。
「いえ。己の生国も寒いですから」
「国はどちらなのですか?」
「天津島です」
 東方の海に浮かぶ小さな島を思い出しながら辰己は言った。
「天津の方がこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね」
「そうですね。天津の住人は自分の国に誇りを持っていますから、外で学ぶべきものはないと思っている。でも、国にはここまでのものはないですから」
 辰己が差し出したのは小さな宝玉のような白い玉蘭の束だった。
「花を見るというと、樹木の花が中心で、こういう鉢植えはあまり作らないですしね」
 曜は花束を受け取ると笑窪を見せた。
「きれいな花」
 曜は玉蘭に顔を寄せてその僅かな花の香りを楽しんだ。
「この屋敷は花が無いと思いまして」 
「兄は花が嫌いなのです」
 曜は目を伏せた。
「竜沙の人は緑や花を尊ぶ。そんな話を聞いた事があります」
「この花洛で咲く花がきらいなのです」
「どうしてですか?」
 発した問いの答えのような沈黙に辰己は。
「私たちの故郷はこの花洛から三日程のところにある羽流です。兄が子供だった頃、旱魃が続き、花洛の水を分けて貰えば助かったようですが、花にやる水がなくなると断られたそうです。今もそのために」
 確かにこの街では妙に思えるくらい花が絶える事はない。それがとある廟に関わる伝説であるのを辰己は知っていた。
「でもこの街の花はきれいです。哉を追いかけて外に出たときに思いました。どうしてこの街にこんなにたくさんの花があるのか不思議になります」
「この街の神は若い女性で花が好きという伝説があるんですよ」
「あなたに会った時、その廟に行くところだったんですが、その話は知りませんでした」

「廟に行かれるのなら案内いたしますよ。ちょうど今日は花祭りの日だからたくさんの店もでていますよ」
「本当ですか? 嬉しい。辰己さまとご一緒なら兄も何も言わないと思います」
「耕法殿がですか?」
「ええ。辰己さまの事を気に入られたようです」
「そうですか」
 自分が心から笑っていることに気付いて辰己は驚いた。
 役目の為。そう思っていたはずなのに曜や耕法を好ましく思っている自分がいた。
「こうして出かけたのは久しぶりです」
 紗見曜の言葉に辰己は頷いた。
 大勢の参拝の人々に混じり二人は廟を回っていた。
『天后廟』とその廟の名はいった。西から伝わったというその女神は月の女神であり世界を支配する女神だという。眠っている間はどこにでもあり人々の小さな幸せを支えるが、目覚めると大きすぎる力が集まり大きな災いになるという。だからこそ彼女が愛している花の香りで眠りに落ちているように、人々は花を捧げる。
 参拝の人々は実に多かった。
 辰己や曜のように一見紘土の民と変わらないものから、見かけからこの大陸のものでないものも多く見られた。でも、人々はみな一様に花に微笑み、神に花をささげた。
 花の香のするそこは、冷たい空気の中でも春のようであった。
 花を愛する女神の話は嘘ではないようで多くの花が飾られている。
 冬の外気に触れたせいか曜の頬が珍しく赤みを持っていた。
「お願いもできたし、いい思い出もできました」
「これから何度でもいけますよ」
 曜は小さく笑った。
 二人はそのまま帰路についた。人気のない道で二人は黙ったままだ。
 言葉を発してしまえば何か失われてしまう。そんな気がして辰己は口を開かなかった。
 曜は立ち止まり辰己の顔を見つめた。
「大丈夫ですか?」
 出会った時の事を思い出し辰己は曜の顔を見る。しかし曜の顔は相変わらず白いものの苦しげな様子は見えない。
「こうして外に出るのは本当に稀なのです。辰己さまとあったあの日も哉がいなければきっとでなかったと思います」
「身体を大切しないといけませんから」
「ええ。でも、家から外をじっと見ているだけの日々はどこか悲しかったものです」

「これからどこにでもいけますよ」
「兄のしていることはもう少しで終ります」
「え?」
「ずっと家を見てらっしゃいましたね」
 辰己の顔に驚きが浮かんだ。
「できることといったら家の中から外を眺める事くらいでいつの頃からか、あなたに気付きました。考えてみればすぐ思い当たりました。兄の事ですね。辰己さんは花洛の役人ですか?」
 言葉でならいくらでもつくろえる。そう思っていたが、曜の目にもう囚われていた。
「天幇の執行です」
 答えを聞いた曜の顔が曇る。
 執行は恐ろしい噂を持っている。一軍を相手に傷一つつかずに勝ち抜いたもの。城一つをまるまる消し去ったもの。それを思い出しているのだろう。
「兄のしようとしているのは天を操るものですが、それは水がないで、亡くなった人々をもう作りたくないからです」
「いい事ですね。術は本来そうしたものだと思っています。少しでも人を幸せにできる力です。耕法殿は正しいと思います」
 曜は嬉しそうに笑った。
「水不足は去年も起こっています。今年も起これば、もう紗族は終わりでしょう。今この街に滞在しているのも交渉の為です。もし譲って貰えなかったら兄は何をするかわかりません。でもわたしには止められません。だからもし何かあったら止めてください」
「何かなんてきっとないです。花洛には余裕がある。それに耕法殿の交渉もきっとうまくいます」
「ええ。そうだと信じてます。だからもしの話です」
 辰己は曜の何かを押し殺したようなまなざしに頷いていた。
「良かった。神さまにもお願いしたのですけど、必要なかったですね。辰己さんがいてくれればだいじょうぶに思えます」
 曜は笑った。
 気付けばもう家の前だった。
「今日はありがとう」
 曜はゆっくりと頭を下げた。








 翌朝、街は雪の白に染め上げられていた。いや、白に塗り込められていた。
 花洛の長は、前例がないと、紗族の訴えを退けたのだ。
足が柔らかな雪に沈むのを耐えながら、北家辰己は歩いていた。もし立ち止まれば、身のうちに微かに残る熱は消え、そのまま凍え死んでしまいそうな寒さだった。
 処女雪を踏みにじる中、時折鮮やかな花が舞った。
 数刻前まで街を彩り、花洛と称されるのを当然と思わせた大輪の花々。よく見れば、雪の中、至る所に花が埋葬されていた。
 辰己は花に気をとられる事なく、歩みは変わらない。むしろ早さを増し、気づけば駆け出していた。
 雪に足をとられ、幾度となく転がりそうになりながらたどり着いたのは一件の屋敷だった。
 三階建ての大きな屋敷が立ち並ぶ中で、二階建ての高さは目立つものではない。
 しかし、ここは今、花洛の屋敷の中で、もっとも重要な場所だった。
 空気が冷たさを増している。もし、気の流れを見ることができる、見鬼浄眼であれば、屋敷を中心に寒さが渦を巻いているのを見るはずだ。そして辰己は浄眼を持つものであった。
 雪の中、屋敷の中に続く門は直ぐに見つかった。いつもなら馬車の出入りする大きな扉は凍りつき、またその重さのため、百貫の重さを持って動くことはなかった。
「どうする」
 辰己の視界の隅に黒く動いているものが見える。それは一匹の子犬だった。犬は辰己を見つけると大きく尻尾を振りながら飛び込んできた。辰己も腕を広げて犬を抱き上げる。
「哉」
 辰己の声に犬はか細い声で答える。腕を伝わってくる熱は弱い辰己に伝わってくる。
「しっかりしろ。お前の主人はいるのか?」
 犬は一声あげると、辰己の腕から飛び降りる。
 門に向かい吠え掛かる様子は中にいる主人を思うものか必死であった。
 凍りつき動かぬ扉。
『人界において、術を濫りに使うこと許さず』
 幾人もの師から教えられてきた言葉が木霊する。
 辰己の手が白銀の光に包まれる。小さく「斬妖索」と口訣を唱える。辰己の手からのびた光は白銀の光刃と化して走ると、扉は両断されていた。



 門をぬけ直ぐに庭園が現れた。そこは街中において辺境を思い楽しむような純粋な庭ではなかった。黒い巨大な方形の石が並んでいて、ここもまた雪に埋もれつつあった。そこにあるのは自然ではなく、人の意思の絡む、巨大な仕掛けのようだ。辰己の浄眼を通してみれば、その仕掛けによって、気の流れが変わり、雪を招いているのは明らかだ。
 哉が大きく鳴いた。風が大きく吹いた。降り積もった雪が舞い上がり、風に散る中、眼を閉じて、一人の少女はいた。庭園の装飾であるかのように柱と同じ黒に染まり、一体化しつつある体。
 雪が吹き荒れる。冷気が全身を包むように厳しい。花洛を包む凍気の源は彼女だった。精霊の祝福といっていたその力は、大きな呪いとなっていた。
「曜」
彼女は目を開けた。
「来てくれると思っていました」
 雪華は止む事無く降り続いている。
 辰己は岩に触れた。
 岩はそうして手を触れてもまったく動くことはなかった。それだけでない。触れた先から辰己の腕が氷に包まれ始める。
「くっ」
「これは消えてしまった神の業なのです。兄が思っていたよりもずっと強かった。もうわたしを飲み込み止まる事もない」
 辰己は紗見曜を見た。
「兄も気づいて止めようと思ったのですがもう間に合いませんでした」
 曜の眼に悲しみが灯った。その目の先には紗見耕法が息絶え、雪の中に埋もれている。
「できるでしょこれを止めること」
 雪を止めるためには、この狂った神の道具のもっとも弱いところを壊さねばならない。
「できない」
 雪が降り始めてまだ一晩。それでも花洛は死んでしまったように静かだった。これが半日も続けば花洛は息絶えるだろう。
「分かっているでしょ。この花の街を喪いたくない」
 辰己には壊すべきところが分かった。弱いところはただ一つ。生身である曜の体だけだ。
「廟に二人でいきましたね」
 曜の目が楽しげに細まった。
「あの時たくさんの人たちを見ました。兄は、街とか国を相手にしているつもりだった。でも違うのです」
「曜」
「あの人たちを守ってください」
 先程まで元気だった哉の動きが止まった。
 辰己の手が白銀の光を見せる。「斬妖索」と口訣と共に白銀の刃が曜の身体を切り裂く。石柱が砕け散った。
 降る結晶が少しずつその数を減らし、雪へと変わっていく。
 辰己は雪の中に埋もれた曜を抱き上げた。僅かなぬくもりが辰己に感じられた。祝福も呪いもなくなった本当のぬくもり。
「力がないから」
 曜は辰己を見た。どこか遠くを見ていた眼が今は辰己だけを見ている。
「ありがとう」
 曜は笑窪を見せて笑った。ぬくもりは彼方に消え去っていった。
 涙が零れ落ちた。出会ってまだ数日しかたっていない、それでも好きだったと分かった少女。
 このまま自分も雪に埋もれてしまいたかった。哉が吠える。激しい声は辰己を叱咤するようだ。
「そうだな。でも、もう少しだけ」
 

 太守は話を聞き終えると耐え難い眠気を覚え、辰己の許を去った。
 愛するものを仆した辰己の行いを義侠の士だと簡単に賞賛する事もできずに、何か彼の重荷を除けるものを探したが見つかることはなかった。
 太守は起きると、側付のものより、辰己からと書物を渡された。開けば、昴の地にあった経世済民の方法が細かく記されていた。
 直ぐに辰己の室に出向いたが、室内はひっそりとして、人の姿も、物の姿も無かった。
posted by 作者 at 00:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

浄眼児

 身分を隠し、領土を視察していた昴国の太守の某が、道中一人の青年に出会ったのは、寒波が大陸を襲った年の事であった。
 幸い寒波は昴国まで至る事はないようだが、田畑はいつもより多く霜がかかっている。収穫には響かぬようで太守は安堵の息を吐いていた
 そんな中、民に混じり、昴国には珍しい天津風の衣装を着ている青年がおり、思わず声をかけた。
 青年は名を北家辰己といい、花洛の私塾で学んでいたが、寒波で先生が具合を悪くし、塾を畳むことしたので、旅をしているのだという。
 花洛は千里あまり離れた遠地であり、太守の甥も住んでいた事もあり、興味を持って話しかけた。
 青年が何を学んだかと問うと経世の学であるという。昴国で出世を願えば、経世などではなく、儀礼や法令、文章といったものであるから、太守は不思議に思い尋ねた。
「どうしてそのようなものを学ばれるか。栄達されたいのなら、そのようなものを学ばれても、試験にはうからぬし、故郷に錦を飾るのも難しかろう」
 青年は少し考え込むと、
「そういう事は考えた事はありませんでした。ただ、どうせ学ぶなら、人の為になることがいいと思ったのです」
 太守は青年に道行く草原を見ながら尋ねた。
「この草原を拓こうと思うのだがどうだろう」
「この地は草があって、それが根を張ることで土を固めています。耕すのは向かないかと」
「では鉄をとるのはどうだろう」
「この地では、鉄のたぐいは無理かと思います。もし、何か殖産をされたいのでしたら、牧畜がよいかと」
 そのような会話がいくつもあり、青年の博覧な事を知った太守は大いに気に入り、仕官する気はないか誘ったが、あまり乗り気ではないないらしく、首を縦には振らなかった。
「では、しばらく我が家に滞在するのはどうだろうか」
「それなら」
 青年は食客として、太守の屋敷に住む事になった。
「姓名を聞いていいだろうか」
「北家辰己ともうします」

 辰己は与えられた一室に居ることが少なく、庭の一角を借り、鉢植えにした草花を育てていた。様々な種類で、ほとんど見慣れぬものだった。
 地面に這いつくばるように咲く花、赤子のような身をつける木、見ていると懐かしい人を思い出す草。
 辰己は鉢植えが育つと、どこかに持って行き同じ草花があることはなかった。
 しかし、太守や、同じような食客が尋ねると歓談し、その際には珍しい茶を振る舞うなど吝嗇ではなかったので、誰にでも懐かれた。
 そんな辰己の居室には、書物と寝具だけが置かれ、無用のものは何も無かった。
 季節は冬が終わり春にかかろうとしていた。
 取っ替え引っ替えだった草木は、いつの間にか幾つかのものになっていた。
 彼は頻繁に出かけるようになり、屋敷には週に一日二日いる程度になってしまった。
 ある日、太守のもとに、甥が訪れ、宴席が開かれた。
 甥は、辰己を見ると、驚きを隠さなかった。
「浄眼児」
 太守は驚きの理由を尋ねようとしたが、様々な客に、甥を紹介するのに忙しく、宴席で尋ねる事は出来なかった。
 夜になり、太守は甥と二人になったので、驚いた理由を尋ねた。
「花洛で何度か見たのです」
「彼は半年あまり食客としてここにいる」
「本当ですか」
「ただ、その話は興味がある」
 甥は話し始めた。

 花洛の寒波は叔父上もご存知と思います。あれはひとつの祟りによるものだと、街に住むものは申しております。
 花洛は街ができた時から、一柱の神がいるといいます。それは石神で、一見、ただの石に見えるといいます。
 ただ、その石神は毎年、街の中で場所を変えるのです。誰かが運ぶのではありません。季節が移り変わるように、石神は、様々な石を渡り歩くのです。
 花洛は、名の如く、花の多い街ですが、その花は石神に対する捧げ物だといいます。花がある限り、神は満足していると。
 寒波の訪れた日、石神のある屋敷で女が殺されました。血で汚された事に起こった石神が寒波を起こしたというのです。加えて寒波によって花は枯れ、ますます広がりました。
 その時、花洛で鉢植えの花を配る男がおりました。天津風の衣装に、青とも緑ともつかない不可思議な瞳。それが彼なのです。その花で石神が怒りを沈めたように寒波は終わり、私は花洛を出て、昴に戻ってきたのです。

 太守にとり甥の話は合点がいくところと、いかぬ所があった。
 鉢植えの減る理由と、最近まで花洛にいたということだ。花洛から昴国まで千里あまり。どう馬を飛ばしても、一月近くはかかるはずだ。辰己はよく外出していたが、そんなに長く姿が見えないことは無かった。
 太守は夜が明けるのを待ちかねて、辰己の室を訪れた。
 部屋は寝具が綺麗に畳まれている。庭にいっても、あれだけたくさんあった鉢植えは一つもなく、ただ寒風だけが吹いていた。
 
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2011年10月25日

今も―出る―ぞ 油すましの初恋より

 いつもの通り、峠にきたものの前に、でっかい油瓶をひょいと吊るす。
 だいたいは声を上げて逃げるんだが、そのガキは違った。見てくれから飢えていて本当に餓鬼のようだったが。
「どうして油瓶さげてるの?」
 声だけは清水のように綺麗だ。
 ガキと目があった。そもそも俺らのようなものは意味が無い色即是空なもので、人の色に反応するような空々しいものだ。人に見られると初めてそこに在るようになるのだから黙っていればいいのだが、「そういうものなんだよ」
 答えたのがまずかったのか、ガキはそれから毎日のように来ては、いろいろな事を聞いてきた。
 ガキにしては、海の向こうはどうなってるかとか、勤王がどうのとか、色々聞いてきた。
 江戸に黒船が来て、どこもかしこも大騒ぎだった。まして天草は切支丹の話が続いているかのように、外様の地にあるのに、幕府の預りで、色々と難癖つけられるまな板の上の鯉のようなものだった。
 ある日はガキは来なかった。次の日も来なかった。
 ああ、ガキだから飽きたのだと思ったが、どうも落ち着かない。
 やっとガキがきた。文句の一つでも言おうかと思ったが、顔が腫れている。殴られたようだ。
「どうした」
 いつもならたんぽぽのタネのように軽い口が一向に開かない。しかし、わかっちまった。
 どこぞの芋侍が因縁付けて暴れては、村人がやられているらしい。
 翌日、ガキは蒸気船ならぬ上機嫌で来た。
「お前さんでしょ」
 芋侍の前に、切れた手足やら生首やら放って驚かしてやった事が伝わったのだろう。
「まあな」
 それからガキは毎日のようにくるようになった。
 ガキは、餓鬼のようだったのが、人になり、天女のようになり、それに連れ来ることも少なくなり、ある日を境に全く来なくなった。
 天女だったから、六道の上がりになって、お陀仏になっちまったのかもしれねえな。
 俺は峠にとどまって、元の行いに戻る事にしたが、前のように通りかかったものを脅かすのができなくなっていた。
 ああ、俺はもう空ではないのだ。すっかり人の色に染まってしまった。
 峠の岩に座り、俺はぼんやりと時を過ごすことになった。いつの頃か、また俺は俺ですらなくなり、峠に溶け込んでいた。
 懐かしい気がする。餓鬼のようなガキがかけてくる。ああ、きって考え続けてしまったせいで、とんだものを見ていやがる。
 人なんて直ぐに消えちまうんだから。ましてガキであるわけはない。
「おばあちゃん早く」
 婆が歩いてくる。
「昔この所に油ずましが出ていたんだよ」
 どうも天女から餓鬼に戻ってしまったようだが、清水のような声は変わらない。
「今も―出る―ぞ」
 婆は餓鬼にも天女にも仏にも見える顔で笑った。
 



 打田マサシさんのイベントに、妖怪たちのいるところ4で、妖怪大喜利というコーナーがありまして、そこで『油すましの初恋』というお題がありました。非常に面白かったのですが、その時、こう言葉でもやっとしたものがありまして、ちょっと今夜は時間があったので話にしてみました。
 



 元ネタは所謂

熊本の天草郡栖本村字河内(現・天草市)と下浦村(現・同)とを結ぶ草隅越という峠道を、老婆が孫を連れて通りながら「ここにゃ昔、油瓶さげたん出よらいたちゅぞ」と孫に話していると、「今もー出るーぞー」と言いながら油ずましが現れたという。



「うそ峠」という場所を通りかかった2人連れが「昔ここに、血のついた人間の手が落ちてきたそうだ」と話すと「今もー」と声がして、その通りの手が坂から転がり落ち、2人が逃げ切った後に「ここでは生首が落ちてきたそうだ」と話すと、また「今ああ……も」と声がして生首が転がり落ちてきたという。

 
posted by 作者 at 23:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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